何故オープンソースはパブリックドメインを含まないのか?

著作権関連の話題においてパブリックドメイン(Public Domain、公有)という言葉がしばしば出てくる。このパブリックドメインという言葉は特にソフトウェアの業界では根強く誤解されてきた用語であり、現在では少なくなったもののまだ誤用が見られる言葉でもある。

(本稿は「オープンソースとは何か? Open Source Definition逐条解説書」の付録の一つとして収録されている文書である。)

一言で言えば、パブリックドメインとは「知的創作物において知的財産権が発生していない状態」である。ここでの知的創作物とは人が創作した作品のことであるが、その作品において著作権、商標権、特許権、意匠権等が完全に発生していないことを指している。つまり、全ての知的財産権の帰属を考慮する必要なく、無許諾かつ無制限に作品を利用できることになる。ここでの作品には文学、絵画、映像、音楽そしてプログラム等が含まれる。

作品がパブリックドメインとなるには

知的財産権の枠組みにおいて著作権だけは作品を生み出した段階にて自然に発生し、かつベルヌ条約に加盟する全法域においてその権利が相互に保護されるグローバルな権利として定められている。他の知財権と比較すれば非常にお手軽かつ創作後もしくは著作者の死後70年といった非常に長期に渡る保護がなされることも特徴であるが、期間があるということは当然ながらその権利保護期間が終了すれば著作権は消滅する。これが、パブリックドメインになるということである。

権利保護期間の終了以外にそもそも最初に生み出された段階でパブリックドメインとなっている作品も存在し、日本を含めた多くの法域では政府が発する法令や通達等の文書は著作権等が発生しないことが多い。また、特にプログラムの作品においては無条件に著作権が発生するわけでなく、誰が書いても同一になるといったプログラム創作物としての要件を満たせないような作品は著作権が発生せず、パブリックドメインであると言えるだろう。

さらに、著作権を放棄してパブリックドメインとすることも法域によっては可能であり、日本では著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権等)が留保されると解されるという問題は残るものの、著作権の放棄が宣言されることで事実上のパブリックドメインとして扱うこともできる。このようなケースをパブリックドメインへの献呈と呼ぶこともあり、その宣言の手法としては昨今ではクリエイティブ・コモンズのCC0を採用することが増えている。作品をCC0で宣言した場合、放棄可能な著作権等の権利を放棄し、放棄できない権利に対しては無条件かつ永続的な利用許諾を行い、利用許諾が無効な場合は権利行使をしないということを確約することになる。

オープンソースとの違い

パブリックドメインはオープンソースと混同されることがあるが、オープンソースはその定義から「著作権が発生した上でその権利に基づいて利用者に対して自由な利用を許諾するライセンスもしくは許諾された状態」を指す用語である。つまり、著作権が存在するかしないかという根本的な部分で両者は全く異なる概念なのである。

ただ、どちらも対象となる作品を自由に利用できるという点においては同一である。このため広い意味においてパブリックドメインはオープンソースの範疇に入ると見做されることもある。実際、Free Software Foundation(FSF)は、ソースコードが入手できることが前提であるがパブリックドメインのソフトウェアを自由ソフトウェアとして分類している。パブリックドメインにあるソースコードは全てにおいて自由であり、FSFの根本的理念である自由とは矛盾しないため、その考え方は理解できるものである。

しかしながら、特にオープンソースのコンプライアンスに関わる者等からはパブリックドメインにはやや否定的な捉え方がされることが多い。何故なら、パブリックドメインに著作権が存在しないということであれば、元々の権利者が作品に対しての制御を完全に失っているからである。

著作権がないということは事実上その作品はもはや誰のものでもない。つまり、財産権も人格権も存在せず、クレジットというものも一切必要がなくなるということだ。また、複製、翻案、改変も完全に自由である。作品を管理する人間というものは存在しないし、それによって形式としては剽窃に該当する行為も当然ながら横行するようになる。MITライセンスなどの寛容なオープンソース・ライセンスであったとしても剽窃にはある程度の対抗手段があるわけだが、パブリックドメインの場合にはそもそも最初から権利がない。ソフトウェアのオープンソース化する際には作品を改善するフィードバックというものも期待されることが多いわけだが、それようなエコシステムの発生は基本的に起こりにくくなる。また、剽窃者によって新たに著作権を主張され、不自由なソフトウェアとされることもあるだろう。新たな実装で何らかの問題が発生したとしても、元の権利者にはそれに対処する手段は何もないのである。

これらの理由のため、オープンソースを使用していく上でのコンプライアンス観点ではリスクが増え、そのためパブリックドメインをオープンソースとは明確に区別する意見は根強い。

なお、Open Source Initiative(OSI)ではパブリックドメインであるソフトウェアを実務上はオープンソースの範疇として考えられることを概ね認めていると考えられるが、OSIが行っていることはオープンソースの定義に合致するライセンスの審査であり、パブリックドメインは著作権がないことからライセンスが存在し得ないため、パブリックドメイン化するような法的条件の文書等を審査することもしないし、ソフトウェアをパブリックドメイン化するのではなく承認されたオープンソースのライセンスを付与することを推奨している。

オープンソースと自由ソフトウェアの違い

オープンソースという用語は自由ソフトウェア(Free Software)という用語を置き換えるために作られたのは周知の事実である。それならば、両者の意味する所は全く同じであるはずであるが、歴史的経緯により両者には別々にその言葉の定義が存在する。それぞれの用語を代表する組織であるFree Software Foundation(FSF)とOpen Source Initiative(OSI)は各々の定義の維持に心血を注いでいるが、実際の所、この両者の違いというものは存在するのだろうか?

(本稿は「オープンソースとは何か? Open Source Definition逐条解説書」の付録の一つとして収録されている文書である。)

四つの基本的な自由

  • どんな目的に対しても、プログラムを望むままに実行する自由 (第零の自由)
  • プログラムがどのように動作しているか研究し、必要に応じて改造する自由 (第一の自由)。ソースコードへのアクセスは、この前提条件となります。
  • ほかの人を助けられるよう、コピーを再配布する自由 (第二の自由)
  • 改変した版を他に配布する自由 (第三の自由)。これにより、変更がコミュニティ全体にとって利益となる機会を提供できます。ソースコードへのアクセスは、この前提条件となります。

FSFでは自由ソフトウェアであるための条件として上記の「Four Freedoms」(4つの自由)を定義している。第一から第三までの自由が1999年まで使用された自由ソフトウェアの定義とほぼ同一内容を指す条文であるが、ここでは著作権的な考え方としては複製権、翻案権、二次的著作物作成権、頒布権に関して無制限の許諾を意味すると考えられる。

特殊であるのは「第零の自由」(Freedom 0)である。この条項はオープンソースの定義が誕生後に追加されたのであるが、入手したソフトウェアの実行という著作物の使用行為の自由を定義している。第一から第三までの自由は権利者の著作権による独占権に依拠しているが、第零の自由は著作権としては基本的に自由に使用できる領域に自由を定めているのである。プロプライエタリなソフトウェア業界では実行行為に対しても契約で制限を加えることが長く慣行として根付いているので、この使用行為に自由を定義することは不自然ではないのだが、複製、翻案、頒布といった利用行為に自由が定められているのであれば定義としてはそれで十分であるように一見考えられる。ただ、FSFではこの第零の自由を「どんな人間や組織でも、あらゆるコンピュータシステム上で、どんな種類の仕事と目的のためにでも、開発者や特定の団体と連絡する必要なく、プログラムを使うことができるという自由」と説明しており、非常に幅広い意味を持つ条項として位置付けている。

オープンソースの定義との比較

オープンソースの定義は十箇条で構成されるが、それぞれの条項は下記のように区分することができる。

第一条から第三条 – 著作権における各支分権の利用許諾に焦点:

  • 第一条 (自由な再頒布):無制限で自由な再頒布を規定
  • 第二条 (ソースコード入手性):ソースコードへ容易にアクセスできることを規定
  • 第三条 (改変と派生著作物作成):自由な改変と派生著作物の作成の保証と同一ライセンスでの頒布の許可を規定

第四条以降 – 技術面を含むより広範な原則を明確化:

  • 第四条 (ソースコードの完全性):元のソースコードの完全性を維持する作者の権利と改変の自由とのバランスを取る
  • 第五条から第十条:個人やグループ、あるいは用途等のおいて差別がなく、技術的に中立で何ら制限もない広範な原則を明確化

これを前述のFSFの四つの自由と比較すると、基本的にオープンソースの定義の第一条から第三条までは四つの自由の論理の組み立て方は異なるものの著作権的なコンテキストでは複製権、翻案権、二次的著作物作成権、頒布権に関して無制限の許諾を意味すると考えて問題ないだろう。すなわち、四つの自由における第一から第三までの自由と同一の内容を規定していると考えて良いと考えられる。なお、第四条に関しては第三条までの内容を補完するものであるが、これも第三までの自由に含まれると考えられる。

そして、オープンソースの定義の第五条から第十条までの内容に関しては、特に実行行為(使用行為)に絞っているわけではないのだが、第五条や第六条での個人や組織あるいは利用目的での差別の禁止に顕著な同一性があるように、ほぼ四つの自由における第零の自由に該当するものと考えて良いだろう。実際の所、自由なライセンスを判別するための審査基準として考えるとオープンソースの定義とFSFの四つの自由は特に差異はなく、結果としては同じような判定になる。

両者の差異

オープンソースの定義と四つの自由には厳密に検証すれば差異がある可能性はあるが、多くのオープンソース関係者は実務上は差異がないと考えている。細かな差異があるとすれば、下記のようなものだろう。

ライセンス判定基準としての違い:

オープンソースの黎明期においてライセンス判定上において自由ソフトウェアと最も大きな差異とみなされていたのはPerlのライセンスであったArtistic License 1.0だと考えられる。OSIはArtistic License 1.0をオープンソースとして設立当初から認めていたが、FSFは「あまりにも曖昧過ぎる。いくつかの文章はそれらに期待される目的には手が込みすぎ、意味は不明瞭」という理由で自由ソフトウェアのライセンスとして認めていない。これはFSFが厳格過ぎるというわけではなく、ごく初期のOSIには厳格なライセンス審査のプロセスが存在せず、オープンソースを全く新しい概念の運動として扱おうとする一部の者の恣意的な判断が介入する余地があったからだと佐渡は考えている。

ごく初期のOSIは少数のオープンソースの偉人らによる極めて小さな組織でしかなかったが、現在のOSIはより開かれた中立的組織に変貌しており、ライセンス承認のプロセスには開発コミュニティだけでなく世界中の法曹関係者もボランティアで関与するようになっている。ライセンスには法的な明確性、一貫性が求められるようになっており、Artistic License 1.0のようなライセンスが提出された場合、問題なく承認されるということはないだろうし、最低でも明確化のための条文修正が求められるのではないかと推測される。

現在のOSIのライセンス承認プロセスにおいてはFSFの自由ソフトウェアの判定と差異が出ることは基本的にはないと考えられるが、逆にOSIによるオープンソースの判定の方が厳密になっている領域もある。特許に関する条項やパブリックドメイン等である。

基本的にオープンソースのライセンスは著作権の許諾であるが、特許条項が存在するライセンスもある。著作権で許諾されている利用が特許権で妨げられるのであれば本末転倒なわけであるので特許権の許諾をついでに行うことは望ましいわけであるが、逆に特許権を許諾しないとライセンスに書かれていた場合にどうなるだろうか?これはCreative CommonsのCC0 1.0のOSIによる審査で問題となった事例であるのだが、CC0では特許権が「許諾されず、その他の影響を受けることもない」とわざわざ書かれているのである。OSIの承認プロセスにおける議論では、このような条項はソフトウェア特許に対するユーザーの防御を弱める可能性があるとの意見が出され、それに同調する意見が一定数存在したことから承認という結論は出せなかった。一方、FSFにおいては特許条項において懸念を示し、ソフトウェアに使用することを推奨してはいないものの自由ソフトウェアのライセンスとして承認している。

パブリックドメインについては、OSIは概ねそれに該当するソフトウェアを実務上はオープンソースの範疇として捉えているように考えられるものの、パブリックドメインとは著作権が存在しないことであるわけなので著作権ライセンスというのが存在することはなく、また法域による解釈の差異があることからパブリックドメイン化することは推奨していない。基本的にはオープンソースと明確に区別していると考えて良いだろう。一方、FSFはパブリックドメインには著作権がないのであるからライセンスは必要とせず、パーミッシブなライセンスと基本的に同じとみなせるという立場を取り、自由ソフトウェアの一部であるとの認識を示している。

哲学の違い:

オープンソースの定義と四つの自由に関して、ライセンス基準としての差異はないもののその解釈の違いによって前述のような差異が発生すると考えられるが、このような解釈差が生まれるのは両者の哲学の違いであるように考えられる。

オープンソースの定義はDebianという主にLinuxディストリビューションを開発するプロジェクトが起源にあるが、様々なライセンスが付与された多くのソフトウェアが漫然と同居するような状況において機能するということが念頭に置かれている。それによって、ソフトウェアの頒布と開発サイクルの法的および実用的側面に主な焦点を当てており、そのことからビジネスフレンドリーな概念としてみなされている。

一方、FSFの四つの自由は、ソフトウェアの自由という哲学的および倫理的側面に重点を置いており、基本的な倫理原則としてユーザーが享受する自由を強調していることから、よりイデオロギーに基づいた概念として見られるのだろう。これはオープンソースの定義の条文があくまで「ライセンスはこのように定義しなければならない」という権利者たる開発者に向けた条文という体裁であるのに対し、四つの自由は頒布を受けたソフトウェアに含まれるべき自由を唱えているという主語の違いからも認識できるだろう。


OSIによるオープンソースの定義とFSFによる四つの自由はどちらも基本的には同じカテゴリのソフトウェアをそれぞれにオープンソースもしくは自由ソフトウェアであると定義していると考えて良い。わずかな解釈の差異や依拠する哲学や倫理に差異はあり、それぞれを支持する勢力はその哲学から支持していることから呼称についても含めて正しく両者の違いは区別されるべきである。ただ、両者はソフトウェアの自由に対処するアプローチは異なるものの、どちらも結局は自由でオープンなソフトウェアを推進しているということは多くの人々が認識すべきことだろう。

定義から見るオープンソースに至るまでの歴史

「オープンソースの定義」はDebianフリーソフトウェア・ガイドライン(DFSG)を流用したことは周知の事実であるが、何故Debianプロジェクトは一般的にはFree Softwareという用語の祖とも管理者ともみなされるFree Software Foundation(FSF)とは別に自由なソフトウェアの定義を定めたのだろうか?この疑問を解き明かすため、用語の定義から見た自由なソフトウェアの歴史についてここで述べる。

(本稿は「オープンソースとは何か? Open Source Definition逐条解説書」の付録の一つとして収録されている文書である。)

FSFの自由ソフトウェア

いわゆる自由ソフトウェア(Free Software)運動の開始は、1983年9月にRichard StallmanがUSENETニュースグループに「GNU(Gnu’s Not Unix)と呼ばれる完全なUNIX互換システム」の開発開始を宣言するメッセージを投稿したことが起源とされることが多い。ただし、この時のRichard StallmanによるメッセージにはFree Softwareという用語は出てくるものの、その意味の定義は特になく単に文脈に沿って自由な状態にあるソフトウェアを漠然と意味していたように考えられる。当時は米国においてソフトウェアに著作権が認められることが確定して間もない頃であり、機密保持契約やソフトウェア使用許諾契約に署名することへの怒りのほうが目立つ文章であった。この時にはFree Softwareが指す領域を明確に指し示すことについては特に考えが及んでいなかったのだろう。

その後の1985年にGNU Manifesto(GNU宣言)が発表された。これはGNUプロジェクトの目標を説明した文書であり、自由ソフトウェア運動の哲学的な基盤と考えられているが、自由ソフトウェアというよりもGNUが目指す世界の哲学が述べられた文章であり、自由ソフトウェアが何であるかについてはここでもはっきりとはされていなかった。

自由ソフトウェアが何であるか?という問いへの回答になりえるような文章として最古と認識されているものは、GNUプロジェクトの会報であるGNU’s Bulletin 1986年2月号の中での下記の記述である。

The Free Software Foundation is dedicated to eliminating restrictions on copying, redistribution, understanding and modification of software.
(Free Software Foundationは、ソフトウェアの複製、再頒布、研究、改変に関する制限を撤廃することに専心しています。)

The word “free” in our name does not refer to price; it refers to freedom. First, the freedom to copy a program and redistribute it to your neighbors, so that they can use it as well as you. Second, the freedom to change a program, so that you can control it instead of it controlling you; for this, the source code must be made available to you.
(私たちの名前にある “Free”という言葉は値段のことではなく、自由のことです。 第一に、プログラムを複製し、あなたの隣人に再頒布する自由。 第二に、プログラムを改変する自由です。そうすれば、プログラムがあなたを制御する代わりに、あなたがプログラムを制御することができます。)

https://www.gnu.org/bulletins/bull1.txt

GNU’s Bulletinの8ページ目からのFSFという団体を説明する文章の冒頭にてこの記述が出てくるのだが、この時点でソフトウェアに関係する著作権上の権利における自由を意識していることが分かる。そして、その自由である条件として第一として「複製と再頒布の自由」、第二として「改変する自由」を挙げていることも分かる。ただし、これがFree Softwareであるとははっきりと書かれておらず、そもそもFSFという団体の目的を説明する長い文章の中の一節に過ぎないことから、これをFree Softwareの定義として強く認識している者はさほどいなかったのではないかと考えられる。むしろ、GNU Manifestoによるソフトウェアがあるべき哲学や倫理観のほうが強く意識されていただろう。

当時のGNU’s Bulletinは半年に一度発行される会報だったのだが、最初の号からほどなく同じFSFという組織を説明する文章の中で第二の条件は「ソースコードへの完全なアクセスと改変する自由」となり、長らくGNU’s Bulletinに掲載され続けることになった。これが変化するのは1996年7月号である。ここで「third, the freedom to distribute a modified version and thus help build the community.」(第三に、改変されたバージョンを頒布する自由であり、それによってコミュニティの形成を助ける自由である)という一節が加わり、改変後の頒布について触れられるようになった。当時は現在につながるLinuxディストリビューションや様々なプロジェクトが大きく台頭し始めた頃であり、その成長を意識していたのではないかとは推測している。そして、この1996年頃にGNUプロジェクトの情報配信はwww.gnu.orgでのWeb提供へと徐々に移行を始め、この「三つの自由」がWhat is Free Software?というページで常時公開されるようになった。

これが自由ソフトウェアの定義とされるものがWeb上で公開されるまでの経緯であるが、長期の間において自由ソフトウェアとは何であるかという点を明確に示す文書が常時分かる状態ではなく、またGNUの哲学やコピーレフトの思想が目立つことでそれらに隠れた状態であったことは確かだろう。さらに、1990年代の中頃はRichard StallmanによるX ConsortiumやBSDといったパーミッシブなライセンスを支持する勢力への攻撃的な文書が目立つ場所に置かれていたこともあり、その傾向に拍車をかけていたとも考えられる。

Debianのフリーソフトウェア

ここで自由なソフトウェアの定義の歴史はDebianへ移る。Debianプロジェクトは1993年にIan Murdockによって開始された。彼はDebian Manifestoという文書を作成し、その中でDebianはLinuxとGNUの精神に則り、誰でも自由に利用可能なソフトウェアのみで構成し、オープンで民主的な組織でLinuxディストリビューションを作り上げることを企図することを宣言していた。ここで自由の原則に触れられたと考えられるが、ただし、その自由の定義がされていたわけではない。

このようなDebianの思想とGNUとしてのLinuxディストリビューションの必要性により、翌年の1994年からDebianはFSFの支援を受けることになり、0.9系時代までのDebian GNU/LinuxディストリビューションはFSFにおいても頒布が行われた。Ian MurdockもGNUプロジェクトのメンバーとなり、この時期のDebianはFSFの関係組織であったとみなすこともできるだろう。しかし、このFSFとDebianプロジェクトとの蜜月は、1996年3月にDebianのリーダーがIan MurdockからBruce Perensに代替わりすることで終了した。Bruce PerensはDebianの独立性を重視し、リーダーとなって早々にFSFからの支援を打ち切ったのである。

そして、DebianとFSFとの関係が途切れた翌年の1997年、Debian開発者のEan SchuesslerがあるイベントでRed Hat社の社員らと行った議論の中で事件が起きた。Ean Schuesslerが、Red Hatが会社を拡大していくことで考え方が変わる可能性を危惧し、コミュニティに対してフリーソフトウェアの理想にコミットし続けることを保証する文書を出すべきだろうという提案をRed Hat側の人々へ行った所、Red Hatの創業者であるBob Youngが「That would be the kiss of death.」(それは死のキスだ)と答えたのである。

Bob Youngにとってはそのような制約が将来の利益を生み出す能力を狭めるかもしれないとその場で漠然と考えたのだと思われるが、Debian開発者らにとっては単純な話ではなく、自分達のDebianの思想が変質化しないことをどのように保証するかを考えさせられることになった。この直後から一ヶ月の間にBruce Perensと当時のDebian開発者らの侃侃諤諤な議論が行われ、1997年7月、コミュニティに対して完全に自由なソフトウェアの提供を続ける約束であるDebian社会契約(Debian Social Contract)が策定された。そして、このDebian社会契約を定めるにあたり、この契約でのDebianプロジェクトとしてフリーソフトウェア(Free Software)とは何であるかを明確化するため、同時にDebianフリーソフトウェア・ガイドライン(DFSG)も策定されたのである。

このDFSGの公開後、Debianの組織内に留まらず、フリーソフトウェアの範囲を指し示す定義としてDFSGは広まり始めた。当時自由なソフトウェアを頒布する中心的なサイトとして利用されていたSunSiteでは、即座にSunSiteでの受け入れ基準としてDFSGを採用するということも起きた。このような普及があったのは、Debianプロジェクトが基本的にはLinuxディストリビューションのプロジェクトであり、Linuxディストリビューションが様々な自由なライセンスが付与されたソフトウェアの複雑な集合体であることにも起因するだろう。ライセンスに個々の哲学や思想が含まれていたとしても、コミュニティが自由と考えるソフトウェアを過不足なく、かつ矛盾なく自由なソフトウェアの集合物として扱える基準をDFSGは示したのである。

なお、Debian社会契約とDFSGの策定の議論の間、FSFによる「三つの自由」が参照されたことはないと考えられ、リーダーのBruce Perensもその存在を認識していなかった。また、Bruce PerensはDFSGの策定後にその内容をRichard Stallmanへメールで送付しているが、その返答は「this is a good definition of Free Software.」(適切な自由ソフトウェアの定義である)と返ってきただけとされている。もし、DebianとFSFの関係が希薄になっていなければDFSGが三つの自由に置き換わっていた可能性も考えられるが、これらの時系列を考えると当時はRichard Stallman自身も明確には自分たちが自由ソフトウェアの範囲を定義しているという自覚を持っていなかった可能性もあるだろう。

オープンソースの定義へ

DFSGが策定された1997年はEric Raymondが「伽藍とバザール」を発表した年でもある。Linuxが徐々に一般にも認知され始め、自由なソフトウェアを志向するコミュニティの中には様々な企業もその中へ取り込んでいくことを模索する人々も現れた。

ここからの流れは拙作の「オープンソースの誕生」https://shujisado.com/2017/05/17/612085/ に繋がるので詳しくは書かないが、先ず1998年2月3日にVA Linux Systems社において行われた会議でFree SoftwareをOpen Sourceという用語で代替していく方針が決められた。この会議にはVA Linux Systemsの面々、Foresight Institute、Linux InternationalからJohn “maddog” Hall、SUSE、そしてEric Raymondが加わっていたとされている。そして、当日中にその方針がBruce Perensへ連絡され、2月9日までにDFSGから固有名詞を入れ替える形でオープンソースの定義が策定された。その後、4月7日に自由なソフトウェアを代表する人々が集められたサミットが開催され、投票でOpen Sourceという用語を使用する方針が採択された。この時の出席者は、Tim O’Reilly、Eric Raymond、Linus Torvalds、Brian Behlendorf(Apache)、Larry Wall(Perl)、Guido Van Rossum(Python)、Eric Allman(Sendmail)、John Gilmore(Cygnus Solutions), Michael Tiemann(Cygnus Solutions)等である。

以降のオープンソースという用語の受容は敢えてここで書くようなことはないが、当時の自由なソフトウェアに対する期待と用語の考案、定義付け、主要関係者による承認というプロセスが全て別々の場所と人で進められたというある意味でのドラマ的な展開はその後の受容にとって良い影響を与えたのだろう。

四つの自由と自由ソフトウェアの定義化

オープンソースという用語が爆発的に世間に広まっていく中、FSFとRichard StallmanはこのFree Softwareと基本的には同じ領域を指すと考えられる新しい用語に対し、しばらくは距離感を測りかねていた。しかし、オープンソースという用語が広まる中で、自分達が自由ソフトウェアというソフトウェアの区分を明確に定義していなかったことも認識したのだろう。翌年の1999年までにはFSFはオープンソースという用語ではFSFの考える自由の哲学が伝わらないと判断し、オープンソースとは一線を引いた立場であることを明確にするようになった。

そのような中で、さりげなく「三つの自由」だけを示していたWhat is Free Software?のページは大幅に書き直され、自由ソフトウェアの定義と呼べる内容に改められた。そして、三つの自由の前に「The freedom to run the program, for any purpose (freedom 0).」(目的を問わずプログラムを実行する自由 (第零の自由))が加えられたのである。この時点で現在の「Four Freedoms」(四つの自由)であるフリーソフトウェアの定義がほぼ確定し、細かく修正が加えられているものの現在もそれが維持されている。

ここまでが、実質的に同じ自由な状態を指し示すカテゴリを意味する用語として、四つの自由による自由ソフトウェア、DFSGによるフリーソフトウェア、オープンソースの定義によるオープンソースという三つの定義と名称が存在することになった流れである。ソフトウェアのカテゴリの範囲を指し示す定義としての違いは実用的にはないのではあるが、背景となる思想には差異はある。今後、自由と不自由の境界について考えなければならない時がやってくるだろうと考えられるが、そのような時には歴史を振り返ることで正しい道が見えてくるだろう。

注意

本稿では、Free Softwareの訳語として自由ソフトウェアとフリーソフトウェアを意図的に使い分けている。FSFに依拠する文脈では自由ソフトウェアを使用し、Debianに依拠する文脈ではフリーソフトウェアを使用している。

参考

new UNIX implementation (net.unix-wizardsへのRMS投稿):
https://groups.google.com/g/net.unix-wizards/c/8twfRPM79u0/m/1xlglzrWrU0J
GNU Manifesto:
https://www.gnu.org/gnu/manifesto.en.html
GNU’s Bulletin 1986年2月号:
https://www.gnu.org/bulletins/bull1.txt
History Roundtable Discussion @ Debconf4, June 2004:
https://gabriellacoleman.org/debian-history-roundtable-discussion/
Debian Social Contract / Debian Free Software Guidelines:
https://www.debian.org/social_contract.en.html
オープンソースの誕生:
https://shujisado.com/2017/05/17/612085/

何故、TerraformのBUSL-1.1へのライセンス変更は反発を受けたのか?

2023年8月10日、長らくオープンソース業界の優等生として一般的に扱われてきたHashiCorp社がTerraformを含む全ての製品と幾つかのライブラリの将来のリリースについて、Mozilla Public License v2.0 (MPL-2.0) からBusiness Source License v1.1 (BUSL-1.1) への移行を発表した。

このプロプライエタリ化に対してオープンソースコミュニティから強い反発の声が上がり、Terraformをフォークする動きが表面化した後、9月20日にはそのフォークがOpenTofuプロジェクトとしてLinux Foundation傘下にて運営されるほどの動きにつながった。本稿では、このメカニズムを明らかにするために、特にライセンス観点から解説していく。

(注:元々、この文書はOpenTofu発足直後に書かれたものであり、当時とは状況が若干異なる可能性がある。)

  1. Business Source Licenseとは?
    1. ライセンスとしてのデメリット、メリット
    2. Terraformにおける適用
  2. コミュニティの反発の理由
    1. 排除される人々
    2. CLAの罠による貢献者の疎外
  3. プロジェクトフォークの行方
  4. それでも何故 BUSL化を企業は望むのか?
  5. 最後に
  6. 参考
  7. 許諾
  8. 付録:Business Source License 1.1 日本語訳

Business Source Licenseとは?

Business Source License v1.1 (BUSL-1.1)は、MariaDB ABが提唱したライセンスであり、この数年で幾らか採用が散見されるようになった。基本的には、下記のような条件のライセンスとなっている。

  • 複製、改変、二次的著作物の作成、再頒布、および「非本番的な使用」(non-production use)が許諾される
    • パラメータと呼ばれる条項を修正することで、「本番使用」(production use)であっても例外的な使用が許諾される範囲を拡張できる
    • 上記要件の利用に適合しない場合、商用ライセンスの購入か、もしくは使用を停止しなければならない
  • 対象著作物のリリースから4年後に予め指定されたライセンスへ変更される
    • パラメータを修正することで、指定されたライセンスへの変更日を指定できる
  • 対象著作物を複製、改変した二次的著作物には同一のライセンスが伝播する

非常に雑な説明をすると、個人的および社内等での利用であれば複製、改変、頒布を認めるが、リリースから4年経過するまでは商業的なサービスで使用する場合において別途ライセンスを購入しなければならないということである。ただし、この商業的な利用の判定は「本番使用」(production use)という用語で定義されており、この用語の定義が明確でないために正確な基準がどこにあるかはライセンサー側しか判断できない構造になっている。また、著作権の観点では支分権の領域ではない単純な使用用途に制限をかけており、ライセンスというよりも商用ソフトウェアパッケージの世界の使用許諾契約のような性質を帯びている。

パラメータの指定・修正では特に「本番使用」(production use)においても例外的な許諾の範囲を指定できる仕組みが目を引くが、これは例えば使用するインスタンス数が幾つ未満であれば許諾されるとか、特定の領域や利用法以外は許諾される等、任意で使用の態様を指定することが想定されている。

また、このBUSL-1.1は全ての二次的著作物に対しても同一のライセンスが適用されるために「本番使用」の制限は逃れることはできない。この条件によってどこまでもライセンサーによる商用ライセンス強要が伝播するために事実上フォークも制限されているとも言える。

詳細は、ページ末尾の付録にあるBusiness Source License 1.1 (BUSL-1.1)の和訳を参照。

ライセンスとしてのデメリット、メリット

このBUSL-1.1は、MariaDB側の主張ではオープンソースとプロプライエタリの中間的なライセンスであるとのことであるが、単純な使用に制限があり、使用者の差別を行うライセンスであるため、当然ながらオープンソースのライセンスではなくプロプライエタリなライセンスに分類される。また、「本番使用」(production use)という用語に代表される曖昧性は、ライセンサー側に極めて有利な判断を行う余地を残し、汎用的なライセンスとしての使用には適さないと考えられる。

個人および限られた領域での使用であれば余計な追加制限がない限りは比較的自由な利用が可能であるが、それなりの規模の企業内での利用ではソフトウェアのサブライチェーンに厄介な例外を持ち込むことになり、最初から商用製品として扱うほうが無難、つまりおとなしく商用ライセンスを購入するほうが無難であるという結論が導かれる状況が発生する。これはライセンシー側からは大きなデメリットであるが、ライセンサー側からは商用ライセンス販売へ誘導するメリットとも考えられる。

Terraformにおける適用

Terraform 1.7.0では、BUSL-1.1のパラメータとして下記のように指定されている。

追加使用許諾: 許諾対象著作物の使用には、HashiCorpの製品と競合するホスト型または組み込み型の許諾著作物を第三者に提供することは含まれません。
変更日:許諾著作物が公表された日から4年間
変更後ライセンス:MPL 2.0

ライセンスの変更までに要する年数は4年とデフォルトのままであり、また、BSL-1.1の以前のライセンスはMPL 2.0であるので、今回のTerraformのBUSL-1.1ライセンスは4年後にこれまでと同様のMPL-2.0ライセンスに戻るという内容になっている。

追加使用許諾のフォームでは「HashiCorpの製品と競合するホスト型または組み込み型の許諾著作物を第三者に提供すること」が追加されており、これを素直に読めば、「本番的な使用」においてもHashiCorp社の商用製品と競合する製品への使用でなければライセンスに反しないことになる。ただし、ここでも「競合する」という曖昧な用語が使用されており、この部分においてもHashicorp社が恣意的に判断できる余地が残されている。

コミュニティの反発の理由

TerraformのBUSL-1.1化に関して、日本国内では反発する声はさほど多く聞かれない。端的に言えば今回のライセンス変更で影響を被るのはTerraformを直接的に使用して商用サービスを展開している業者に限られ、一般のコミュニティユーザーや顧客、開発者には大きな影響はない。このことを持って、日本ではこれまでのHashiCorp社のビジネスへ敬意と今後の立て直しへの期待を込め、むしろ積極的に理解を示す声すら一部から聞かれるのだろう。

一方、グローバルコミュニティにおいては、当然のことではあるが非常に強い拒否反応が見られる。BUSLを最初に発案したMariaDBをはじめとして幾つかの企業での採用事例をみれば、オープンソースのライセンスで提供されていたソフトウェアがコミュニティ側にとっては突然にプロプライエタリライセンスに変更され、利用者側の自由を失うという漠然とした提供企業側への失望感が大きいと考えられる。オープンソースであるという利点を生かしてユーザーと開発者のコミュニティの拡大を加速させてきたにも関わらずクローズドにされるというのは、一種の裏切り行為にも映るだろう。基本的にプロプライエタリなツールがオープンソース化することはよくあることだが、その反対の動きというものはさほど多いわけではなく、往々にして一方通行的であることもそのような感情に拍車をかけることになる。

排除される人々

これらの情感的な理由だけでなく、オープンソースのBUSL化においては直接的に排除される人々が発生するという問題が大きい。

排除を受ける人々として先ず浮かぶのは、BUSLの条文上で直接排除されている「本番的使用」をする者、すなわち商業的な利用をするユーザーである。今回のTerraformの件に関して言えばHashiCorpの製品と直接的に競合する利用に限定されているわけであるが、数が少ないので問題はないという論理にはならない。ライセンサー側が恣意的に判断可能という有利性もあるし、それによって将来はどこまで制限が拡大するか分からないという不確実性が生じることになる。

また、特に大規模な企業ではソフトウェアサプライチェーン上、このようなライセンスのソフトウェアには特段の注意が必要となり、結果的に当該ソフトウェアのエコシステムの縮小が生じる可能性が出てくる。このような事態はビジネスユーザーが望まないだけでなく、一般的なユーザーも望まない。

CLAの罠による貢献者の疎外

もう一点、BUSLの条文上では出てこないが、当該プロジェクトに貢献してきた外部の貢献者が無視されるという問題も発生する。

プロジェクトの開発ポリシーに依存し、大なり小なりと差はあるものの企業系のオープンソースプロジェクトであっても開発面からオープンに運営し、外部の第三者によるコードの貢献を受け入れているケースが多い。この外部からの貢献コードは貢献した第三者が著作権を保持しているが、将来的なトラブルを防ぐために多くのプロジェクトではCLA (Contributor License Agreement:貢献者ライセンス同意書)を貢献者にサインさせ、プロジェクト側で自由に貢献コードを扱えるようにするのが常套手段となっている。 CLAは著作権を譲渡するものでなく、あくまで永久的で取り消しできない著作権利用許諾を与えるものであるが、基本的に貢献者は当該プロジェクトの成果物がオープンソースのままで発展していくことを暗黙のうちに期待している。これはオープンソースのままであればいつまでも自由に利用できるわけであるのである意味当然のことである。

しかしながら、ある種のCLAにサインすることで、貢献者はプロジェクト側へプロプライエタリライセンスへの変更の権利も同時に与えることになる。ある種とは、プロジェクト側に再ライセンスを行う権利を認めるタイプのCLAのことである。この権利によって、Terraformで発生したようなMPL-2.0からBUSL-1.1への変更が一方的に宣言されても、貢献者側にはそれに対して異議を唱える権利もない。オープンソースとして貢献したはずの自分のコードが望まぬままにプロプライエタリコードになるのは気分の良いことではないだろう。これが貢献者による善意の貢献が無視されるということであり、「CLAの罠」とも「コピーレフト免罪符」とも呼ばれるものだ。

まとめると、貢献者による労力と意思が無視され、一部のビジネスユーザーは直接的に排除される。このような場合、オープンソースコミュニティは基本的に排除された者たちに寄り添うことになる。オープンソースは人の差別をしない概念であり、それによって様々な立場の人々による協働作業を実現してきた。よって、それを崩そうとする者には断固として拒否反応を示すのである。

プロジェクトフォークの行方

Terraformの場合、コミュニティの反発が高まり、特に直接排除された者の不満が要因となってOpenTFというフォークプロジェクトが発生することになった。そのOpenTFは、9月20日にはOpenTofuと改名し、Linux Foundation傘下のプロジェクトして開発、運営されることが決定し、現在は活発な活動が行われているようである。

一般的にオープンソースプロジェクトのフォークは成功することが少なく、場合によってはその行動が批判されることもあるが、Terraformの件に関しては直接排除された者が存在し、排除された者たちが取り得る対抗手段はプロジェクトのフォークしか残っていないという状況であったので、この行動を不当だと考えるコミュニティ側の人間はほぼいない。ライセンス変更を実施したHashiCorp社側も高い確率でフォークが起こり得ることだと認識していたことだろう。

通常、プロジェクトのフォークが一定の成功を収めるためには、

(1) メンバーの熱意とリーダーシップ
(2) プロジェクトの明確なビジョンと組織の透明性
(3) 開発および財務リソース

等といった要素が少なくともフォーク元のプロジェクトと同等のレベルで必要になる。しかしながら、BUSL化に伴うフォークのような場合には、最初から排除された者による熱量と継続的に関与し続ける動機というものが存在し、通常時よりもフォークが成功する可能性が高くなると考えられる。また、今回のOpenTofuの場合には、最初からオープンな開発体制を志向し、Linux Foundationの庇護の下に入ったということで、(2)や(3)のような要素においても成功条件をクリアする可能性が高い。特に問題となりやすい資金と人的リソースを数年に渡って確保しているのは大きいだろう。

このような成功条件を備えていてもフォークが成長するかは分からない。結局のところはフォーク元であるTerraformとの支持の取り合いにある程度の勝利をすることが必要になる。それでも、OpenTofuはオープンソースであり、貴重な存在となる可能性は今の所高いと考えられるだろう。

それでも何故 BUSL化を企業は望むのか?

手塩に掛けて育ててきたコミュニティには反発され、高い確率で元のオープンソースコードからフォークを発生させる。このようなデメリットがあるにも関わらずBUSL化を望む企業は何故現れるのだろうか?

詳細には分析しないが、結局の所 BUSL化のような手法を選択する企業に共通するのは、計画していた営業もしくは利益目標に到達しなかったのだろうという一点である。特にベンチャー投資を受けている企業、あるいは既に上場している企業が、株主からのプレッシャーを受けて目先の商用ライセンス販売を増加させる目的で実施しているケースが多いとは思う。

HashiCorp社はオープンソースの優等生と一部では看做されていたようだが、最近の損益の推移は惨憺たる数字となっている。BUSLを生み出したMariaDBは既に破綻に近い状況であるし、上場前のBUSL採用企業に関しても似たような傾向の数字だろう。オープンソースでユーザーベースの急速な拡大を得つつ、それを堅実に収益に結びつけるのではなく、投資から得た100の資金をそのまま営業マーケティング費に当てて50の売上を作り出して次の投資を引き出すという近年よく見られる拡大手法からの転換に失敗しているだけと言える。BUSL化によって、ひょっとすれば短期的には収益が改善するかもしれないが、中長期的にはコミュニティを排除したツケを支払うことになる。

BUSL-1.1のようなライセンスが嫌われるのは、ライセンスそのものというよりもそれを採用する企業が本業のビジネスに失敗しているにも関わらず、その失敗をユーザーから自由を奪うことで穴埋めしようとする姿勢に起因するところもあるだろう。

最後に

オープンソースは自由の精神に溢れるボランティアから企業戦略に則ったビジネスユーザーまで世界中の様々な立場の者が自由に参加できるエコシステムを作り上げてきた。このエコシステムの恩恵を受けるか否かは参加者の自由であり、当然ながらコミュニティから抜ける自由が全ての者にある。しかし、このエコシステムによって寄せられた他の善意の参加者による貢献をコミュニティの外へ許諾無しで持ち出すというのは好ましいことではない。

特に日本では他者の貢献を自分のモノとして捉える傾向、また差別を容認する傾向も見られ、オープンソースコミュニティへの親和性が低く感じることが多々あるが、これからの世代の方々には様々の立場の者が協働する価値というものをオープンソースの世界から感じ取って頂ければと思う。

参考

HashiCorp adopts Business Source License
https://www.hashicorp.com/blog/hashicorp-adopts-business-source-license

Linux Foundation Launches OpenTofu: A New Open Source Alternative to Terraform
https://www.linuxfoundation.org/press/announcing-opentofu

Business Source License
https://www.hashicorp.com/bsl

許諾

Copyright 2023 Shuji Sado
本文書はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスのもとで利用できる。挿絵は単純プロンプトのAI生成物であり、パブリックドメインである。


付録:Business Source License 1.1 日本語訳

Terraform 1.7.0-devで付与されているBUSL-1.1ライセンスを佐渡が和訳したもの
https://gist.github.com/shujisado/e76ded2795f755e169a08e0241b8bb69

— ここから —

ライセンス書面の著作権 (c) 2020 MariaDB Corporation Ab, All Rights Reserved.
Business Source Licenseは、MariaDB Corporation Abの商標です。

パラメータ

許諾者:HashiCorp, Inc.
許諾対象著作物:Terraform 1.7.0-dev. 許諾著作物は、(c) 2023 HashiCorp, Inc.
追加使用許諾: 許諾対象著作物の使用には、HashiCorpの製品と競合するホスト型または組み込み型の許諾著作物を第三者に提供することは含まれません。
変更日:許諾著作物が公表された日から4年間
変更後ライセンス:MPL 2.0

許諾対象著作物の代替ライセンスに関する情報については、licensing@hashicorp.com までお問い合わせください。

告示

Business Source License 1.1

許諾条件

許諾者は、あなたに対し、許諾対象著作物を複製、改変、二次的著作物の作成、再頒布、および非本番的に使用する権利を許諾します。許諾者は、上記の追加使用許諾を行い、限定的な本番使用を許可することができます。

変更日、または本許諾に基づき許諾対象著作物の特定のバージョンが最初に公に頒布されてから4年目のいずれか早い日に、許諾者は本許諾により、変更後ライセンスの条項に基づく権利をあなたへ付与し、上記で付与された権利は終了します。

あなたが許諾対象著作物を使用する際に、本使用許諾に記載されている現在有効な要件に適合しない場合、あなたは、許諾者、その関連団体、または正規の再販業者から商用ライセンスを購入するか、または許諾対象著作物の使用を差し控えなければなりません。

オリジナルおよび改変された許諾対象著作物、および許諾対象著作物の二次的著作物の全ての複製物は、本使用許諾に従うものとします。本使用許諾は、許諾対象著作物の各版に個別に適用され、変更日は、許諾者がリリースした許諾対象著作物の各版毎に異なる場合があります。

あなたは、本許諾を、許諾対象著作物の各オリジナルの複製または改変版の複製に目立つように表示しなければなりません。あなたが第三者から許諾対象著作物のオリジナルまたは改変版を受領した場合、当該著作物の使用には本使用許諾に定める条件が適用されます。

本許諾に違反して許諾対象著作物を使用した場合、許諾対象著作物の現行版およびその他の全ての版について、本許諾に基づくあなたの権利は自動的に消滅します。

本使用許諾は、許諾者またはその関連会社の商標またはロゴに関するいかなる権利もあなたへ付与するものではありません(ただし、あなたは、本使用許諾で明示的に要求される場合には許諾者の商標またはロゴを使用することができます)。

適用される法律で許可される範囲において、許諾対象著作物は「現状有姿」で提供されます。許諾者はここに、明示または黙示を問わず、商品適格性、特定目的への適合性、非侵害、および権原の保証を含む(ただし必ずしもこれらに限定されない)すべての保証および条件を否認します。


DALL-E生成物、パブリックドメイン
DALL-EによるTerraformライセンス変更のイメージ

SSPLのライセンス条文とその適格性に関するメモ

SSPL(Server Side Public License)は2018年10月にMongoDB社が発表したライセンスである。MongoDBはそれまでAGPLv3(GNU Affero General Public License)を採用してきたが、クラウドベンダーがただ乗りしていることを理由として掲げてSSPLの正当性を主張し、現在もその利用を推進している。一方、オープンソースのコミュニティにおいては、SSPLがオープンソースの定義に反するというだけでなく、ライセンスとして使用することへの忌避感も生じている。

本稿では、そのSSPLの条文とオープンソースおよびライセンスとしての適格性について論考する。

  1. SSPL条文分析
    1. 何を?
    2. 誰にどうする場合?
    3. 条件 (何をしなければならないか)
    4. AGPLv3とSSPLとの違いのまとめ
  2. オープンソースへの適格性
  3. ライセンスとしての適格性
  4. 主張通りのライセンスであるのか?
  5. 使用に関しての注意点
  6. まとめ
  7. 参考

SSPL条文分析

SSPLはAGPLv3と同様に主にGPLv3(GNU General Public License)の13条を改変する形で作られている。13条以外のGPLv3との相違点は前文等が削除されている点やMongoDBといった固有名詞の入れ替えがある他、2条に「subject to section 13」(13条に従って)という文言が二箇所挿入されている。これを踏まえて、SSPLの主眼と言える13条を日本語訳付きでここに示す。

13. Offering the Program as a Service.
13. プログラムをサービスとして提供

If you make the functionality of the Program or a modified version available to third parties as a service, you must make the Service Source Code available via network download to everyone at no charge, under the terms of this License. Making the functionality of the Program or modified version available to third parties as a service includes, without limitation, enabling third parties to interact with the functionality of the Program or modified version remotely through a computer network, offering a service the value of which entirely or primarily derives from the value of the Program or modified version, or offering a service that accomplishes for users the primary purpose of the Program or modified version.
あなたが「プログラム」や改変されたバージョンの機能をサービスとして第三者に提供する場合、あなたは「サービス・ソースコード」を本許諾書の条件の下で、誰に対しても無償でネットワーク経由によりダウンロード可能としなければならない。「プログラム」や改変されたバージョンの機能をサービスとして第三者が利用可能にすることには、第三者がコンピュータ・ネットワークを通じて「プログラム」や改変されたバージョンの機能と相互に対話できるようにすること、「プログラム」 や改変されたバージョンの価値から完全にあるいは主として派生するサービスを提供すること、あるいはユーザが「プログラム」や改変されたバージョンの主な目的を達成するようなサービスを提供することが含まれるが、これらに限定されない。

“Service Source Code” means the Corresponding Source for the Program or the modified version, and the Corresponding Source for all programs that you use to make the Program or modified version available as a service, including, without limitation, management software, user interfaces, application program interfaces, automation software, monitoring software, backup software, storage software and hosting software, all such that a user could run an instance of the service using the Service Source Code you make available.
「サービス・ソースコード」とは、「プログラム」や改変されたバージョンの「対応するソース」、及び「プログラム」や改変されたバージョンをサービスとして利用可能にするためにあなたが使用する全てのプログラム(管理ソフトウェア、 ユーザ・インターフェース、アプリケーション・プログラム・インターフェース、自動化ソフトウェア、監視ソフトウェア、バックアップ・ソフトウェア、ストレージ・ソフトウェア、ホスティング・ソフトウェアを含むがこれらに限定されない)の「対応するソース」を意味する。

この条項は三つのセンテンスで構成されているが、最初のセンテンスにてプログラムの利用条件を述べており、後ろの二つのセンテンスはその利用条件で出現した用語の定義を補強するための例示列挙であってそれ以上の意味はない。最初のセンテンスを分解し、後ろの例示列挙を入れ込むと下記のように表現することができる。

  • 何を?
    • SSPLでライセンスされた対象ソフトウェアそのものおよびその改変ソフトウェアの機能
  • 誰にどうする場合?
    • 第三者へサービスとして機能を提供する場合
      • 第三者とは、SSPLでライセンスを受けた者以外の全ての者を指す (GPLでは同一組織内の者も第三者に含まれる)
      • 提供とは頒布を伴わないソフトウェアの実行の享受も含まれる
      • サービスとして機能を提供する例には下記が含まれるがそれらに限定はされない (無償か有償かは問われない)
        • ネットワークを通じて対象ソフトウェアの機能と相互に対話 (AGPLv3における対話的なやりとりに近いと考えられる)
    • 対象ソフトウェアの価値から派生するサービスを提供
    • 対象ソフトウェアの主な目的を達成するようなサービスを提供
  • 条件 (しなければならない)
    • 「サービス・ソースコード」をSSPLでライセンスした上で、誰に対しても無償でネットワーク上で公開しなければならない
      • 「サービス・ソースコード」には対象ソフトウェアをサービスとして利用可能にするために使用される全てのプログラムが含まれるがそれらに限定はされない
何を?

まず「何を」の部分であるが、特筆すべきはライセンスを受けた側が対象ソフトウェアを改変した結果物に対してだけでなく、対象ソフトウェアそのものについても含んでいる点である。つまり、ここで定義されるサービスとしての実行であれば、改変しようが改変なしで実行しようが関係なくこの13条の適用となる。AGPLv3の13条では改変されたバージョンに限定されており、これは両者の大きな違いと言える。これについては後でも詳細に触れる。

誰にどうする場合?

「誰にどうする場合」であるか?については、「第三者」であるライセンスを受けた者以外の全ての者に対してサービスとして対象ソフトウェアの機能を提供した場合である。GPL系ライセンスにおける「第三者」は組織の内部であるかを問わないので、ライセンシー側が法人組織とした場合においてその法人所属の者も第三者に該当する可能性はある。

また、ここでの「サービスとして機能を提供」のフレーズは、AGPLv3でも想定されているSaaS(Software-as-a-Service)のようなネットワーク越しでの頒布(伝達)を伴わないソフトウェアの利用が想定される。有償であるか、無償であるかは特に条文では触れられず、関係がないものと考えられる。AGPLv3ではネットワークを通じての対話的なやりとりを行うソフトウェアとされているが、SSPLの場合はソフトウェアの価値から派生もしくは目的を達成するサービスを提供という例示もなされ、どこまでがサービスとして含まれるのかは判然としていない

例えば、AGPLv3の場合はWebサーバー等の基本的なサーバー機能、Webベースのアプリケーションのような利用法が13条のネットワーク経由での対話的利用の対象となり、SSH等のようにある環境でたまたまネットワーク越しでの対話的利用となるようなケースはAGPLv3 13条の対象ではない。しかし、SSPLの場合はソフトウェアの価値や目的を達成するのであれば該当するわけであり、ネットワーク越しで対象ソフトウェアによる価値や恩恵を得られるのであれば全て該当するのではないかとも考えられる。MongoDB社が自社Webで公開するFAQでは、SaaSアプリケーションのデータベースとして使用する場合は対象外とされているが、その理解で良いという法的な根拠とするには心許ない。

条件 (何をしなければならないか)

最後の「条件」であるが、「サービス・ソースコード」をSSPLでライセンスした上で無償でネットワーク上で公開しなければならないとのことである。これは一見AGPLv3と同様の条項に見えるのだが、違いが二つある。まず、AGPLv3ではコードを公開する対象がネットワーク経由でその該当サービスを利用するユーザーに限定されているのに対し、SSPLではその制限はなく、誰に対してもネットワーク上での公衆送信が可能な状態に置かなければならない。これは利用範囲がごく限定されたサービスの場合には大きな影響の差となり得る。

もう一つの違いは、公開するソフトウェアが改変された対象ソフトウェアではなく、「サービス・ソースコード」という概念に置き換わっていることである。サービス・ソースコードには対象ソフトウェアとその改変物や結合物だけでなく、そのサービス運用上で使用されるソフトウェア全てが含まれる。たまたま使用されるような管理・監視ツールやバックアップツール等も含まれると例示から判断できるが、どこまで影響が及ぶかはこれも判然としない。対象ソフトウェアが動作するサーバーやクラウド上で動作するアプリケーションや基盤ソフトウェア全てに伝搬するようにも考えられるし、異なるネットワーク上で動作するサービス運用のためのソフトウェアにも影響するのだろう。当然ながらAGPLv3では対象ソフトウェアを改変したバージョンそのものだけに影響が留まり、その他をサービスを構成するソフトウェアには影響が伝搬しないわけであり、この差異は非常に大きい。

AGPLv3とSSPLとの違いのまとめ
AGPLv3SSPL
何を?ライセンス対象物を改変したソフトウェアライセンス対象物そのものおよび改変等による派生ソフトウェア
誰にどうする場合?ネットワークを通じての対話的なやりとりをするサービスの提供ネットワークを通じての対話的なやりとりをするサービスや価値から派生もしくは目的を達成するサービスの提供
条件サービスのユーザーに対して、改変ソフトウェアを公開全ての者に対して、対象ソフトウェアならびにサービス運営のために使用される全てのソフトウェアを公開

AGPLv3とSSPLの違いを表にすると上記のようになる。MongoDB社側はAGPLv3 13条の発動要因と範囲について市場で混乱があると主張しているが、発動要因についても影響範囲についてもSSPLのほうが広範囲かつ曖昧である。AGPLv3については多くの法曹関係者からのレビューと多くの採用実績が存在し、不明瞭な部分は特殊なケースしかないと考えられるが、SSPLの場合は意図的に曖昧性を残してあるようにも見え、発動要因ならびに影響範囲共にライセンサーであるMongoDB社の裁量次第になっていると考えられる。

ライセンス条項を一般的に考えられる意味合いで解釈したとして、SSPLでライセンスされた対象物をネットワークサービスの一部で使用してユーザーへその価値を享受させた場合において、サービス運用のために使用している他のソフトウェア全てをSSPL化の上で第三者へ公開を迫られるということになり、あまりにも伝搬の影響力が強いように見える。

オープンソースへの適格性

SSPLが発表された当時、MongoDB社はOpen Source Initiative(OSI)にオープンソース・ライセンスとしての適格性について審査の要求を提出したが、長い論争を経た後にSSPLはオープンソースではないとOSIによって判断された。長い論争があったのはオープンソースとして認めるために些細な差があって論争になったという類の話ではなく、MongoDB社側の対応が誠実さを欠くものであったからであり、オープンソースの定義 (Open Source Definition:OSD)に適合しないことは最初から明らかであった。

具体的には、SSPLはオープンソースの定義に対して主に二つの条項に反している。

一つ目は、「OSD 9条:他のソフトウェアを制限するライセンスの禁止」である。この条項はライセンス対象のソフトウェア以外のソフトウェアに対して何らかの制限をかけることを禁止する条項である。時々、GPL系のライセンスは他のソフトウェアにもGPLが伝搬するので9条に反するという疑問が出されることがあるが、GPLはあくまでGPLの対象となるソフトウェアに発生した著作権が及ぶ範囲において正当な権利を行使しているに過ぎない。GPLは著作権法で規定される二次的著作物の範囲を逸脱することはなく、その権利が及ばないソフトウェアに伝搬することはない。その一方でSSPLは対象ソフトウェア自身に発生した著作権が及ぶ範囲を越え、全く無関係のソフトウェアに対してまでライセンスの効果を及ぼして著作権の利用行為を伴う制限をかけていることになる。これこそはまさにOSD 9条で禁止されている行為そのものである。

二つ目は、「OSD 6条:利用する分野(fields of endeavor)に対する差別の禁止」である。この条項はライセンスにおいてある特定の分野での対象ソフトウェアの使用を制限することを禁止するものであり、一見、条文だけを見るとSSPLの13条はそのような制限をかけていないように見える。しかしながら、SSPL 13条が適用された場合、例えばSaaSのようなサービスの場合は関連するソフトウェアを全てSSPLでライセンスした上で公開しなければならない。これは一般的なソフトウェアはSSPLとの互換性がないことから非現実的な要求であり、実質的にクラウドサービス事業者がSSPLライセンスのソフトウェアを使用することを制限していると見做すことができる。SaaSのようなビジネスモデルの否定とも取れるだろう。クラウドサービス上の基盤においては商用ライセンスもしくはオープンソースの様々なソフトウェアが動作しているが、それら全てのソフトウェアをSSPL化することは法的にも倫理的にも不可能だろう。

よって、SSPLはオープンソースではなく、プロプライエタリの範疇にあるライセンスの一種と考えられる。オープンソースではなく自由ソフトウェアの定義に照らし合わせても、どんな目的に対してもプログラムを望むままに実行する「第零の自由」(freedom zero)に反しているだろう。近年ではSSPLのようなライセンスをSource-availableと表現する者が一部にいるが、状態としてはそれが正しいと考えられる。

ライセンスとしての適格性

SSPLがオープンソースではないことは明らかであるが、だからといってSSPLでライセンスされたソフトウェアを使用できないというわけではない。ただし、その場合において利用されるソフトウェアの利用許諾の意味でのライセンスとしてのSSPLには不明瞭な点が複数存在する。これを説明するためにはまずライセンスとは何か?ということを明らかにしなければならない。

GPLをはじめとするオープンソースのライセンスは一般的に単なる著作権の許諾と看做されている。世界各国の著作権法によって自然かつグローバルに権利者へ認められる複製、翻案、頒布、公衆送信等の権利を行使するという立て付けによって、ソフトウェア著作物に対して利用の許諾を行なっているのである。従って、オープンソースライセンスは基本的に著作権の範疇を越える行為を要求することはない。著作権を基にすることで、利用者が権利者に向けて明示的にライセンスを承諾することもなく、世界のどこにいても同じようにソフトウェアを利用する権利を得られるのである。

一方で、著作権で認められない権利をライセンサー側が主張するためにはどうするべきか?これは一般的には各国での契約法の範疇の問題となる。つまり、許諾の意味でのライセンスではなく、ライセンス契約になるということだ。多くの国には契約の自由があり、二者間での契約とすることで自然に発生する著作権以上の権利をライセンサー側がライセンシーに向けて要求することが可能になる。この契約という手法の場合は確かに著作権で認められる権利を越えた要求を権利者が出すことを可能とするが、許諾行為とは異なりライセンシー側が権利者へ向けて明示的にライセンス契約を承諾する行為が必要となる。また、契約を管轄する法は世界各国で内容に差異があり、契約の効果や有効性等を含めて不確実性が生じることになる。商用ソフトウェアの世界におけるライセンスは著作権の範疇を越える様々な制約が課せられているが、提供側とユーザー側との二者間におけるライセンス契約であるのでそれらの制約が有効なのである。

これを踏まえてSSPLの13条を見渡すと、許諾としてのライセンスには不適格な内容が三点含まれていると考える。

– 対象ソフトウェアの実行行為への制約

SSPL 13条は改変(翻案)されたソフトウェアだけでなく対象ソフトウェアそのものも含まれた条項である。そして、それを「サービスとして提供」するという行為は、すなわちそのソフトウェアを実行(使用)するということでもある。つまり、SSPLはソフトウェアをある状況下で実行することを制限していることになるが、ソフトウェアの著作権で権利者に独占的権利があるのは複製、頒布、翻案、公衆送信等の利用行為であり実行(使用)は含まれない。第三者への実行結果の享受が公衆送信と判断できる余地は残るが、やはりSSPLは著作権でカバーされる以上の範囲に制限をかけていると考えられる。

なお、実行行為への制限は2条に「subject to section 13」(13条に従って)というGPLv3にはない文言が二箇所挿入されており、ここでGPLv3では無条件に実行が許諾されるという内容が13条に従うと変更されている。このことでも実行行為に制限を意図的にかけていることが分かる。

– 対象ソフトウェアから生じる著作権とは無関係の第三者ソフトウェアへの制約

GPL系ライセンスで生じるGPLの伝搬は、対象ソフトウェアの二次的著作物もしくは集合(結合)著作物を創作された場合に原著作者の著作権が及ぶことから正当な権利を主張しているだけに過ぎない。しかし、SSPLにおけるサービス・ソースコードは、対象ソフトウェアに発生する著作権が全く及ばない第三者が権利を保持するソフトウェア著作物であることがほとんどだろうと考えられる。つまり、SSPLは完全に第三者の著作物の利用許諾を出すことを条件としており、その第三者著作物にはSSPLでライセンスされた著作物の権利者の権利が生じていないのだから、著作権の領域を逸脱した制限であることは明らかである。

– 条文の曖昧性、不確実性

SSPL 13条における「サービス」および「サービス・ソースコード」という用語は、条文中で例示列挙はあるものの定義が十分ではなく、ライセンサー側の解釈次第で非常に広い範囲をカバーすると考えられる。少なくとも、策定時もしくは事後に多くの法曹家のレビューを受けたAGPLv3における「リモートからの対話的利用」よりも曖昧で不確実であることは確かだろう。

このように著作権による独占権を大幅に越える制約をライセンシー側へ課し、また条文の及ぶ範囲によりライセンサー側に有利に解釈可能な曖昧性を含むライセンス条文を許諾として扱うことは難しいのではないかと考える。また、ライセンスを二社間の契約と捉えることも、将来的に予期せぬ事態が発生する不確実性も孕むとも考えられる。

主張通りのライセンスであるのか?

一般的にソフトウェアのライセンスはオープンソースである必要はないし、またライセンスが許諾ではなくライセンス契約であってもそのソフトウェアが使えないわけではない。一般的な商用ソフトウェアというものがそれに該当するわけであるので、SSPLもそのようなソフトウェアのライセンス契約だと思えば良い。

しかし、オープンソースではないということは、様々なオープンソースとの互換性の問題が生じ、エコシステムからの恩恵を受けにくくするということでもある。実際、多くのオープンソースのライセンスと矛盾するだろうから、使用に大きな制限があると看做さなければならないだろう。

また、ソフトウェアのコンプライアンス管理上の問題から、同じソフトウェアがSSPLと商用ライセンスのどちらかを選択できるのであれば、多くの組織では商用ライセンスを選択することになるだろう。その方が明確にソフトウェアを管理・運用できるからである。明示的に書かれているわけではないが、SSPLはクラウドサービス、もしくはクラウドサービスを提供する可能性がある組織の利用を排除して商用ライセンス契約を目指す施策と考える方がしっくりくる。

MongoDB社はSSPLに対するFAQのページにてコミュニティに対する自由を主張しているが、ここまでの記述のように実行の自由もなく自由とは程遠いと考えられる。それでも狙い通りにクラウド志向の企業に商用ライセンスを購入させ、同時にオープンソースエコシステムからある程度の恩恵も得られれば良いが、用途制限のあるソフトウェアに喜んで貢献するような企業は多くはないだろう。

また、かつてオープンソースであったソフトウェアのSSPL化は、対象ソフトウェアの市場での立ち位置、財務や開発リソース等の状況次第でフォークを促すと考えられ、中長期的に市場での影響を失うリスクを抱えることにもなるだろう。

使用に関しての注意点

SSPLでライセンスされたソフトウェアを何らかのサービスや製品、あるいは社内にて使用すべきか否かという問いに対して、結論から先に言えばなるべく使用を避けることが望ましいということになる。

「サービス」として第三者へ提供しなければGPLと一緒であるという言説はある意味では正しいのであるが、その「サービス」の範囲はあまりにも広く曖昧である。例示の一つであるソフトウェアの機能と相互に対話するのであればAGPLv3と変わらないが、価値から派生するサービスや主な目的を達成するサービスとは一体何なのだろうか?機能の実行による何らかの価値がリモートから享受できれば条文的にはクリアしているようにも考えられ、それは少なくとも単に対象ソフトウェアそのものだけを提供するSaaSより範囲は広いのだろう。MongoDB社のFAQでは「MongoDBをデータベースとして使用する他のSaaSアプリケーション」には適用されないように書かれているのだが、これは本当にソフトウェアの価値から派生した利用ではないのだろうか?SSPLがライセンス契約である以上、ライセンサー側との契約関係になるわけであり、ここで曖昧性を残したままにするのは非常に大きなリスクを背負いこむことになる可能性がある。

そして、「サービス」での使用の条件の範囲となる「サービス・ソースコード」の範囲は正直どこまでを指すのかは全く不明瞭である。また、多くのオープンソースのライセンスとは矛盾するだろうし、商用ライセンスのソフトウェアとも同じ場での共存はできないだろう。他のネットワークから例えば管理ツールでアクセスするようなことも対象となるのであれば全く収拾がつかない。

これでは少なくとも将来を含めて第三者へ使用させる可能性があるシステムでSSPLのソフトウェアを利用することには不確実性があるとしか言いようがない。

なお、GPL系ライセンスでは、ライセンシーが特定の組織だった場合にその組織内の人間であっても第三者に該当する。つまり、GPLを雛形にする限りは社内に閉じた利用であっても第三者へ提供したということにもなる。MongoDB社のFAQでは、子会社を含む社内利用に関してはSSPL 13条の適用外と書かれているのだが、肝心の条文ではそのように解釈できるかは分からない。GPLv3における「普及」(propagate)や「伝達」(convey)に組織内の人間が含まれないという認識が確立しているが、6条での「オブジェクトコードを所有する者すべてに対して」から推察される考え方を13条にも適用すると、組織内であるかに関わらずサービス・ソースコードを提供するという解釈もあり得るだろう。

これらのことから、この曖昧かつ不確実性を含むライセンスが付与されているソフトウェアを安易に使用することは難しい。MongoDB社のFAQが完全に正しいとしても、対象ソフトウェアの利用が将来ずっと第三者へのサービス提供とならないように管理を継続できる体制と仕組みが必要になると考えられる。それが難しいのであれば、SSPLではなく商用ライセンスを購入する方がずっと簡潔で容易なソリューションとなるだろう。無償であることに意味があると考えるのであれば、MongoDBであればFerretDB、ElasticsearchであればOpenSearchのように代替ツールを利用するしかないだろう。

まとめ

自由かつオープンに見せかけながらもそうではないというライセンスは過去にも多かったが、MongoDB社によるSSPLは、オープンソースという用語への世間からの高い評価を利用することを標榜しつつ、オープンソースならびに自由ソフトウェアが依拠する著作権システムのカバーする領域を大幅な越えて制限をかけようとするものであることは間違いないだろう。プロプライエタリなライセンスという見方をしても、SSPL単独でライセンスされたソフトウェアを問題なく導入可能な組織がどれだけあるのか疑わしい。商用ライセンスとディアル方式にして、その撒き餌となるしかないように思われる。組織内におけるソフトウェアのコンプライアンス管理やオープンソースのエコシステムへ余計な混乱を生じさせるものでしかないだろう。

SSPLを採用するソフトウェアを絶対に使ってはならないということはないし、13条適用を完全に排除できるのであればGPLv3と同様に望ましいライセンスと言える。しかし、13条適用の可能性がないものへSSPLを付与することはないだろうから、結局曖昧性と不確実性を抱える場面での適用となることがほとんどだろう。このことから、オープンソースのコミュニティとエコシステムの健全な発展を願うのであれば、使用には細心の配慮を継続することが必要であり、できる限りの排除を目指すことが望ましい。

参考

Server Side Public License (SSPL):https://www.mongodb.com/licensing/server-side-public-license
Server Side Public License FAQ:https://www.mongodb.com/licensing/server-side-public-license/faq
GNU Affero 一般公衆利用許諾書 日本語訳:https://licenses.opensource.jp/AGPL-3.0/AGPL-3.0.html
The SSPL is Not an Open Source License:https://blog.opensource.org/the-sspl-is-not-an-open-source-license/

Copyright 2023 Shuji Sado
本文書はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスのもとで利用できる。挿絵は単純プロンプトによるAI生成物であり、パブリックドメインである。

Server Side Public LicenseのイメージをDALL-Eに答えさせた図

日米OSDN離合集散、苦闘の21年史

さて、ついに退職エントリだ。私は米国のオープンソース・ムーブメントを日本で再現するためのコアを作るために民間企業へやってきたはずだった。それから21年、随分と長い航海になってしまったが、結局様々な尻拭いを続けてきたという感慨ばかりが起きてくる。一つの歴史として書き残すいいタイミングなのでその苦闘を振り返っておこう。

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いわゆるガラパゴス化という言葉の起源

ガラパゴスとは、言わずと知れた東太平洋上の赤道下にあるエクアドル領の島々のことだが、日本においてはもう一つ意味がある。IT界隈を中心にいわゆるガラパゴス化と呼ばれる日本で独自進化を起こすサービスやプロダクトが発生する現象や状態を指す言葉のことであり、先進的な進化という良い面もあれば独自進化が行き過ぎて取り残されるという悪い面もあるというこの用例におけるガラパゴスの起源はおそらく私にある。過去に若干は起源についてTwitterでつぶやいたことはあるが、故あってあまりおおっぴらには語ってこなかったのでその歴史が曖昧なままになっているようだ。

このまま放置しておくほうが良い気もするのだが、歴史に空白を残しておくのは少々気が引ける。時期的にもいろいろと迷惑をかけなくなっているだろうし、ここで供養を兼ねてその歴史を残しておこうと思う。


ガラパゴスの黎明期

スマートフォンといわゆるガラケーが並立していた頃から比べるとガラパゴスという言葉の利用は少しは減っているとは思うが、それでもSNSを検索すれば毎日様々な属性の人々がごく普通にガラパゴスという言葉を使っていることが分かる。もう完全に一般的な日本語として定着しているのだろう。そのガラパゴスの意味はWikipediaによると下記のようになるらしい。

「ガラパゴス化(ガラパゴスか)とは、日本のビジネス用語のひとつで、孤立した環境(日本市場)で製品やサービスの最適化が著しく進行すると、外部(外国)の製品との互換性を失い孤立して取り残されるだけでなく、適応性(汎用性)と生存能力(低価格)の高い製品や技術が外部から導入されると、最終的に淘汰される危険に陥るという、進化論におけるガラパゴス諸島の生態系になぞらえた警句である。」(Wikipedia, ガラパゴス化)

実に高尚な意味があるようだ…。少なくとも私はここまでの高尚な定義をしたことはないが、言葉が一般化する時にはこのような後付けが起きるものなのだろう。

私が自身でガラパゴス諸島の意味ではないガラパゴスを使い始めたのはおそらく2004年の頭のあたりだと思われる。はっきりとは分からないが、ちょうどこの頃のIRCログから下記のような使い方をしていることが分かる。なお、Kazekiriとは私のことで、相手はオープンソースの定義やGPLの日本語訳で有名な八田真行さんである。


---
<mhatta> 英語て
<mhatta> やはり高い参入障壁なのかな
<mhatta> > オソ
<mhatta> 理系はふつう英語は読めるように
<mhatta> なってるはずなんだが
>Kazekiri< 英語 == 南米とガラパゴスの間の海
>Kazekiri< じゃないのか
---

このやり取りから分かるのは、大陸から隔絶された地であるガラパゴス諸島から単に相互の参入のための分厚い壁のことを形容しているということである。隔絶されていることによる独自進化という部分はあまり意識していなかったのではないかと思う。会話相手である八田さんは、坂本龍一さんの「東京は世界の名古屋」というフレーズを割と好んで使っていた記憶があるが、独自進化的な意味だと当時は私もむしろそっちのほうが頭にあったかもしれない。ともかく、分厚い障壁やその状態に置かれている様を表現する言葉として使っていたようだ。

なお、当時はまだガラパゴスという言葉を使っていたのは私の周辺では私一人だけだったようだ。主にDebianやVineなどのLinuxとオープンソース関係者が集まるIRCチャネルぐらいでしか使ってないし、それらのIRCチャネルには携帯電話業界の企業の役職持ちの人間もいたが、佐渡が奇天烈な形容詞を使っているぐらいにしか思ってなかったと思われる。


ガラパゴスの巣立

私一人だけが特定のIRCチャネルでしか使っていなかったガラパゴスであるが、内輪の隠語のようなものにしておけばいいものを当時は若かったのだろうか。2004年6月9日、赤坂プリンスホテルで開催したVA Linux Business Forum 2004にて、私はガラパゴスという言葉を公の場で初めて使用した。

当日イベントの最後の講演… というより最後の締めの挨拶ではあるが25分と長めに取られた枠にてガラパゴスは発声された。実は当日使用したスライド資料は残っていないのだが、MagicPoint形式のファイルの一部をコピペしたと思われるデータがIRCのログとして残っていたのでそれを下記に示しておく。

---
>Kazekiri< OSSガラパゴス諸島 - ニッポン
>Kazekiri<         英語という大海で断絶された地、ニッポン
>Kazekiri<         貧弱な開発力
>Kazekiri<                 パッチ投げっぱなし症候群
>Kazekiri<         使う人はたくさんいるが、作る人がいない
>Kazekiri<                 世界第二位のオープンソース利用大国
>Kazekiri<                 ユーザ会は多いが、開発グループとの関係は希薄
>Kazekiri<                 フェイクの氾濫
>Kazekiri<                 オープンソースでコストを下げたいだけ?
---

「OSSガラパゴス諸島 – ニッポン」がスライドのタイトルであり、これが私が公にガラパゴスと連呼した初出である。スライドには当時も今もちょっと辛辣過ぎる言葉が並んでおり言葉の選び方の悪さには愕然とするばかりなのだが、この前後のスライドはIRCログにも残っていないので完全には何を話していたのかは分からない。ただ、そもそもイベント全体のプログラムを私が作っているので、全体の流れから記憶を手繰り寄せるとおそらくこのようなことを話したと思われる。

「ドットコムバブルの崩壊でVA Linuxもオープンソース業界も酷い目に遭いましたけども、昨年の2003年にはRed Hatも黒字化し、オープンソース企業への投資も回復したことでビジネス環境は整ってきています。我が国を目を移しても、本日の講演からもわかるようにオープンソースの利用は拡大しており、エンタープライズ市場を含めて期待が高まっていると思います。この流れに合わせて経済産業省もオープンソース振興を打ち出してくれているのは我々にとって素晴らしい流れであります。

その一方、英語という大きな障壁があるからか、日本特有の問題も出てきているとも思います。SourceForge等の統計からは日本はオープンソースのダウンロード数では多くがアメリカに次ぐ二位の国であり、オープンソース利用大国であるようです。それを示すように日本には多くのオープンソースのユーザー会が存在し、そのコミュニティが普及を促進しています。ただ、無料のオープンソースの利用についてばかり目がいき、使う人はたくさんいるがそれと比較して作る人が少なく、上位の開発者グループとの関係は希薄に見えます。開発者の数が少ない上にコミュニケーション下手なのかパッチの投げ方の作法も分からずに受け取った開発者が困惑してしまうというケースもあるようです。また、本来のオープンソースではない何かを今のブームに乗じてオープンソースとして売り込むフェイクも氾濫しており、由々しき問題であります。

南米エクアドルの沖にダーウィンが進化論の着想を得たガラパゴスという島々がありますが、英語という大海で断絶された日本はガラパゴスと同じようにオープンソースが進化とも退化とも言える独自の変化を起こしており世界の潮流から取り残される、まさにOSSガラパゴス諸島と言えるでしょう。

ガラパゴスのような独自進化には良し悪しはありますが、日本のオープンソース市場を拡大し、世界をリードしていくためには、必然として日本で閉じることなくグローバルに出て行くことが重要であることは間違いなく、VA Linux Systems Japan社とOSDNはそのために邁進する所存….」

前後の話が実際にはもっと眠くなるような話をしてたような気がするが、ガラパゴスの筋としてはこんなところだったのだろう。ここまでエスパーして書いて思ったのだが、現在ではオープンソース・プログラム・オフィスについて書いた記事でも出てくるオープンソース・エコシステムやアップストリーム・ファーストといったフレーズで簡単に説明できる内容であると思う。エコシステム(生態系)という言葉はガラパゴスに通じるところがあり、「多様な軸で構成されるオープンソースのエコシステムを安定かつ健全に発展させていきましょう!」と言えば済む話だったわけだ。何というか、当時は若く無鉄砲だったのだろう。

ともかく、ここが私からのガラパゴスの初出であり、そのフレーズが刺さったのか、この日からはLinux/オープンソース界隈でそのフレーズを使う者も出てきた。ただ、私のこの講演は、イベントへ取材しに来ていたITmedia、CNet、日経BPらのメディアが出した記事には触れられなかったので、この時点ではまだオープンソース界隈の一部の内輪ネタに近い言葉として留まっていたのだと思う。


ガラパゴスの拡散

VA Linux Business Forumでの講演ではオープンソース界隈のほぼ内輪からのフィードバックに限られていたが、私個人としてはその反応からはガラパゴスという表現に手応えを感じていたのだろう。ガラパゴスという独自の生態系を連想させる言葉は様々な視点からの問題を包括的に扱うのに都合が良いと思っていたように記憶している。

ここへ次のイベントの機会がやってきた。2004年11月30日にパシフィコ横浜で開催されたOpen Source Way 2004である。Open Source Wayはライセンスや特許等の法的な問題やオープンソースの経済圏、経営との関わり等のトピックを扱うカンファレンスであり、2002年から私と八田真行さんで企画し、プログラムを作成していた。2004年は日本OSS推進フォーラムが設立されて産官連携や日中韓連携といった流れもあり、全体的にオープンソース振興というものが一服感が漂いつつあった頃で全体的には前向きなトピックが多く、私としては何かピリッとくるネタを入れておきたかったのだと思う。

生憎と適当な講演者も見当たらず自分で喋ることに決め、数ヶ月前のVA Linux Business Forumで使ったネタをそのまま拡張し、一つ一つの事例もより掘り下げるように話したように思う。これでオープンソース・ガラパゴス諸島の再演となったわけだが、この模様はITmediaの記事になっているので見聞きしたことのある人も多いだろう。私としてはもう少しマイルドな語りだった気がするのだが、大筋としてはこれで合っているかと思う。今読むとやはりエコシステムとアップストリーム・ファーストで説明できる話しかしてないような気がするので頭が痛いのだが。

日本におけるOSSの幻想――OSS界のガラパゴス諸島、ニッポン (ITmedia)

無事にOpen Source Wayは終わったのだが、このITmediaの記事が問題だった。あまりにも反響が大きかったのだ。

当時はまだ炎上という表現は一般的ではないし、SNSとはせいぜいmixiという時期である。技術系の人々もまだtDiaryで頑張って意見表明し、スラドに記事が出ればそこでコメントしていた頃だったのだが、そのような時期にしては非常によく燃えたと言える状態だったのではなかろうか。RubyのMatzさんを含めいろいろな方の意見表明があったと記憶しているし、スラドでも400近いコメントが付く大きな議論になった。また、直接苦情と絶賛のメールが届くというあまりない経験もした。

否定的な方の多くの反応は「問題認識としては合っているがお前らは何もしていない」、「解決策を出さずに投げっぱなし」、「日本には日本でやることある」、「そもそも何様や」といった内容が多かったように思う。実にごもっともであり、恥じ入るばかりである。ただ、この反対に「よくぞ言ってくれた!」と絶賛の言葉をかけてくれる人も多かったように記憶している。これらの意見がぶつかり合い、多角的な論争がなされていったように思う。これは様々な場所において既に火種はあったということなのだろう。そこへ私がガラパゴスと一括りにしてしまったことで火を点けてしまい、泥沼的な大きな論争になってしまった。

表で見えるような論争はまだ意味があるものが多かったが、論争が大きくなるにつれITmediaの記事の露出はどんどん上がり、技術系ではない人々の目に触れるようになった。当時のVA Linux Systems Japan社は既に米VA Linux社の子会社ではなく住友商事の直轄子会社であり、大株主としてNTTデータ、NTTコムウェアが入っていたのだが、講演で事例として出した中にNTTの成果もあり、それをガラパゴスと揶揄したような形となっていたことが問題となった。結局、雲の上の人達の間の腹芸と寝技の応酬で丸く収まったようなのだが、私のほうはこちらの方にしばらく忙殺されることになる。

その中で思ったのはガラパゴスという地名やダーウィンの進化論の経緯を知らない人には単に後進の未開の地と同じだと決め付けられたように感じたということである。単にディスるだけなら同じ太平洋の島でも国家の失敗事例としてわかりやすいオープンソースのナウルとか、あるいは破滅に向かうイメージでガダルカナルを使うのではないかと思うところもあったのだが、ガラパゴスでそれと同等の侮辱だと感じる人達もいたようだ。私の語りが悪かったのだろうけども、ガラパゴス諸島には悪いことをしてしまったなと素直に思っていた。

さらにITmediaの記事が注目を集めたことで、ガラパゴスのGoogle検索の結果が数ヶ月ほどこのオープンソース・ガラパゴス記事関連でジャックされたこともマズいことになったと思わされた。それまではガラパゴスの検索結果は観光情報で占められていたのだと思うが、以降、日本ではいわゆるガラパゴス化が占めるようになってしまったのである。ガラパゴス専門のツアー会社があったとしたら涙目だっただろう。

これらのことで私自身はガラパゴスという表現を公の場で使うことをいったん封印した。これをある程度解禁するのはあまりにもガラパゴスとあちこちで使われだし、もはや日本語として定着してしまった数年後のことである。


ガラパゴスの増殖

私がガラパゴスで論争を引き起こして以降、しばらくすれば少なくともガラパゴスとは誰も言わなくなるのではないか?と私は思っていた。しかし、期待に反してオープンソースの世界でのガラパゴス論争は外の世界へ飛び火していくことになる。オープンソースだけでなく〇〇の製品、〇〇の業界もガラパゴスだよ!という言説が少しずつ広まっていった。

わざわざ私に知らせてくれる者がいたのでこれらは記憶にあるのだが、最初は一太郎やTRONだったと思う。これらの日本発のソフトウェアもガラパゴスではないかと言う言説が出てきて、そのうち日本のソフトウェア業界全体がガラパゴスのような論調もでてきた。こうなると、PC-9800シリーズを抱えていたPC業界にも焦点が行き、そこから実はハードウェアもガラパゴスということになっていった。そのうち日本のあらゆる製品、慣習、文化にもガラパゴス論が適用されていったように思う。これらは2005年から2008年頃にかけてゆっくりと進んだ。

これらの中でも携帯電話の当時の市場は、グローバルではノキア、モトローラ、エリクソンの牙城であり、日本勢は高機能端末で国内で独占しつつも海外では橋頭堡も築けていない状況だった。これをガラパゴスと言っていた人達もいたのだと思うが、その場合おそらく前向きとも悲観的意味合いも共にほぼなく、単に独自進化しているという意味合いだったのではないかと思う。世界的に見ても進化を続けていたPDA、あるいはBlackBerryなどと携帯電話の境目が曖昧になっており、必ずしも日本がガラパゴスと言えず、どの国、どの企業がガラパゴスなのか分からない状況だったように思うからだ。

この携帯電話市場が一般にガラパゴスと呼ばれ、国内勢の高機能端末がガラパゴスケータイ、つまりガラケーと呼ばれるようになったのはiPhone以降のスマートフォンの席巻があってからのことだろう。iPhone 3Gが日本で発売されたのが2008年7月であることを考えれば、それ以降に一般化したのだろう。この後、2010年頃にはガラパゴスという言葉はどこでも聞かれたように思う。その年にはシャープがガラパゴスというブランドでタブレットを発表しているくらいである。


ガラパゴスのまとめ

以上が私から見たガラパゴスの歴史である。正直に言って当時の私はガラパゴスという表現を使用したことは後悔していた。講演の内容が荒っぽいということもあったが、そもそも地名を使うことは弊害が大きかったと思っている。ただ、この用語があまりにも広まり過ぎたことでもはやどうでもよくなってもいる。Twitterでガラパゴス、ガラパゴス化とでも検索すれば流行語としてのブームが過ぎて完全に日本語として定着しているとしか思えない。私はオープンソースのためにこの25年ほどを捧げてきているのだが、私の配偶者ですらオープンソースは知らないがガラパゴスは知っているぐらいである。

ということで、このままだとガラパゴスの人で終わってしまうかもしれないので、オープンソースのためにまだ自分としてやれることをやっていこうと思う次第である。

ガラパゴス諸島全図
ガラパゴス全図、この記事で触れるガラパゴスではない

オープンソース・プログラム・オフィスとは何か? (ぼくがかんがえた最強のOSPO)

GoogleやMicrosoftといったビッグテックにOpen Source Program Office (OSPOという略で界隈では通じる)という部署が存在することは日本でも知られているが、現在では多くのグローバルIT企業にも同名の部署が存在する。近年では中国系の企業での設置が目立つが、日本でもサイボウズ、メルカリといった企業には存在するようだ。

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OSSという日本でしか通用しない三文字略語について

OSSとは… 20年前はOpen Sound Systemを意味する略語のことだった。少なくともLinuxコミュニティではそうだった。

Open Sound SystemはUNIX系のプラットフォームで利用できるサウンドシステム(ドライバ)であり、Linuxでは標準サウンドシステムであった。OSSと言えばこれを指しており、当時生まれたばかりのOpen Sourceという新語の略語としてOSSを使うということはほぼなかった。

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オープンソースはソフトウェア限定の用語なのか?

上記のようなツイートを見かけた。
特に変わった内容ではないと思われる方も多いと思うが、私にとっては実に興味深い視点で書かれていると感じた。一つはこの方がオープンソースのソースはソースコードのソースであると言っている点。もう一つはオープンソースはソフトウェア(ソースコード)を指し示す用語であると暗に言っている点である。

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LinkedInを利用する意義

LinkedInは世界最大のビジネス向けのSNSらしい。ただ、日本ではとりあえず登録したものの人材、不動産、マルチと謎のVIPやセレブからの怪しい勧誘がやってくるサイトという認識を持っている方のほうが多いのではないだろうか。転職に使えないことはないのかもしれないが、他の転職サイトや下手をするとTwitterのほうが日本では転職に使えるケースが多いだろう。

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ドットコムバブルの終焉とVA Linux Systemsの崩壊

LinuxWorldの基調講演という場で華々しく発表されたAndover.netの買収はオープンソースコミュニティへは大きなインパクトを与えたが、市場の反応はその逆だった。ハードウェア事業とはかけ離れた事業に大きく投資する意味を当時では見出すことは難しいことは容易に想像できる。そのため、VA Linux社はまた即座に行動しなければなかった。

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何故、VA LinuxはAndoverを買ったのか?

1999年12月9日、VA Linux社は驚異的なIPOを成し遂げたが、直近四半期の売上は1,700万ドル、資産もほとんどがIPOで得た現金であり、1億5000万ドル程度の規模でしかなかった。 100億ドルに迫る時価総額をとうてい正当化しそうもないのは明らかであった。そのため、ある程度の調整が入ることは仕方がないとしても、このあまりにも高過ぎる評価を維持するために即座に行動を起こすことがVA Linux社の取締役会へ求められた。足下のハードウェア事業についてはさらに引き続き高い成長を見せていることは分かっていたが、今は手元に現金と驚異的な評価が付いた株式がある。必然的にこれを効率的に使用して企業買収を行い、VA Linux社の価値を高めなければならなかった。

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VA LinuxのIPO:13ドル、23ドル、30ドル、そして 300ドルへ

LinuxOneの騒動でまだコミュニティがごたついていた1999年10月8日、とうとうVA Linux Systems社がIPOを申請した。Red Hatの後に何故か間に3社が挟まれ、それぞれ印象的な結果を残したが、市場はとうとう本命がやってきたと騒ぎ始めた。

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Red Hat、Cobalt、Andover、そしてLinuxOne?のIPO

1999年、シリコンバレー周辺地域はバブルに浮かれていた。インターネットが少しずつ利用を広げる内にインターネットが世界を一変させるという過度な期待が先行するようになり、また当時の金融政策の影響もあって、利益の裏付けどころか製品およびサービスすら存在しないプレゼン一枚だけであってもネット関連というだけで莫大な資金調達が可能になり、黒字が全く見込まれなくても株式公開が行われるという状況になっていた。.comというドメインサフィックスからそれらのベンチャーはドットコム企業とも呼ばれていたが、このネットベンチャーに投下される資金による設備投資によってIT関連機器とサービスへの需要が爆発し、古参のシリコンバレー企業の株式も高騰していった。また、加熱するネット企業の起業により極度の人材不足が発生し、人材確保のためにおしゃれな社屋とオフィス家具、レクリエーション用の設備、無料の豪華ランチといったものが浸透し始め、また大量に流入する起業家、投資家、開発者、その他の人々によって周辺地域の経済を加熱させていた。

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バブル期までのLinuxイベント

SNSのTLをだらだらと眺めていると何やらイベントらしき写真が流れてきた。Open Source Summit Japanというイベントが開催中らしい。今時にオープンソースイベントか!と若干心が踊りつつ、アクセスしてみると、

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オープンソースバブルへの道、VA ResearchからVA Linuxへ

オープンソースという言葉がVA Research社のオフィスで誕生して以降、VAを取り巻くビジネス環境は激変することになった。 創業からの数年間は成長とは言っても微々たるものであり、200万ドル程度の年商、つまり当時の秋葉原の小さな雑居ビルに入居していた多くのショップブランドのPCショップよりも小さいような規模であったわけだが、オープンソースというキーワードが突然脚光を浴びてからは、四半期毎に売上が倍増していくような急成長のペースに乗った。

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ソースウェアムーブメントになっていたかもしれない話

VA社からは完全にずれるが、ソースウェア(Sourceware)という語についてもう20年近く心の奥底で気になっていたので供養として書いておく。

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オープンソースの誕生

VA Researchの歴史においてオープンソースは外せない話題であるが、特に1998年の2月から4月までの期間はVAを抜きにしてもオープンソースにとって極めて重要な出来事が多いのでやや詳細に書いていく。現在、一般的にオープンソースの誕生は下記のように説明されることが多いのではないかと思う。

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