The Free Software Foundation is dedicated to eliminating restrictions on copying, redistribution, understanding and modification of software. (Free Software Foundationは、ソフトウェアの複製、再頒布、研究、改変に関する制限を撤廃することに専心しています。)
The word “free” in our name does not refer to price; it refers to freedom. First, the freedom to copy a program and redistribute it to your neighbors, so that they can use it as well as you. Second, the freedom to change a program, so that you can control it instead of it controlling you; for this, the source code must be made available to you. (私たちの名前にある “Free”という言葉は値段のことではなく、自由のことです。 第一に、プログラムを複製し、あなたの隣人に再頒布する自由。 第二に、プログラムを改変する自由です。そうすれば、プログラムがあなたを制御する代わりに、あなたがプログラムを制御することができます。)
当時のGNU’s Bulletinは半年に一度発行される会報だったのだが、最初の号からほどなく同じFSFという組織を説明する文章の中で第二の条件は「ソースコードへの完全なアクセスと改変する自由」となり、長らくGNU’s Bulletinに掲載され続けることになった。これが変化するのは1996年7月号である。ここで「third, the freedom to distribute a modified version and thus help build the community.」(第三に、改変されたバージョンを頒布する自由であり、それによってコミュニティの形成を助ける自由である)という一節が加わり、改変後の頒布について触れられるようになった。当時は現在につながるLinuxディストリビューションや様々なプロジェクトが大きく台頭し始めた頃であり、その成長を意識していたのではないかとは推測している。そして、この1996年頃にGNUプロジェクトの情報配信はwww.gnu.orgでのWeb提供へと徐々に移行を始め、この「三つの自由」がWhat is Free Software?というページで常時公開されるようになった。
そして、DebianとFSFとの関係が途切れた翌年の1997年、Debian開発者のEan SchuesslerがあるイベントでRed Hat社の社員らと行った議論の中で事件が起きた。Ean Schuesslerが、Red Hatが会社を拡大していくことで考え方が変わる可能性を危惧し、コミュニティに対してフリーソフトウェアの理想にコミットし続けることを保証する文書を出すべきだろうという提案をRed Hat側の人々へ行った所、Red Hatの創業者であるBob Youngが「That would be the kiss of death.」(それは死のキスだ)と答えたのである。
Bob Youngにとってはそのような制約が将来の利益を生み出す能力を狭めるかもしれないとその場で漠然と考えたのだと思われるが、Debian開発者らにとっては単純な話ではなく、自分達のDebianの思想が変質化しないことをどのように保証するかを考えさせられることになった。この直後から一ヶ月の間にBruce Perensと当時のDebian開発者らの侃侃諤諤な議論が行われ、1997年7月、コミュニティに対して完全に自由なソフトウェアの提供を続ける約束であるDebian社会契約(Debian Social Contract)が策定された。そして、このDebian社会契約を定めるにあたり、この契約でのDebianプロジェクトとしてフリーソフトウェア(Free Software)とは何であるかを明確化するため、同時にDebianフリーソフトウェア・ガイドライン(DFSG)も策定されたのである。
なお、Debian社会契約とDFSGの策定の議論の間、FSFによる「三つの自由」が参照されたことはないと考えられ、リーダーのBruce Perensもその存在を認識していなかった。また、Bruce PerensはDFSGの策定後にその内容をRichard Stallmanへメールで送付しているが、その返答は「this is a good definition of Free Software.」(適切な自由ソフトウェアの定義である)と返ってきただけとされている。もし、DebianとFSFの関係が希薄になっていなければDFSGが三つの自由に置き換わっていた可能性も考えられるが、これらの時系列を考えると当時はRichard Stallman自身も明確には自分たちが自由ソフトウェアの範囲を定義しているという自覚を持っていなかった可能性もあるだろう。
そのような中で、さりげなく「三つの自由」だけを示していたWhat is Free Software?のページは大幅に書き直され、自由ソフトウェアの定義と呼べる内容に改められた。そして、三つの自由の前に「The freedom to run the program, for any purpose (freedom 0).」(目的を問わずプログラムを実行する自由 (第零の自由))が加えられたのである。この時点で現在の「Four Freedoms」(四つの自由)であるフリーソフトウェアの定義がほぼ確定し、細かく修正が加えられているものの現在もそれが維持されている。
SSPL(Server Side Public License)は2018年10月にMongoDB社が発表したライセンスである。MongoDBはそれまでAGPLv3(GNU Affero General Public License)を採用してきたが、クラウドベンダーがただ乗りしていることを理由として掲げてSSPLの正当性を主張し、現在もその利用を推進している。一方、オープンソースのコミュニティにおいては、SSPLがオープンソースの定義に反するというだけでなく、ライセンスとして使用することへの忌避感も生じている。
SSPLはAGPLv3と同様に主にGPLv3(GNU General Public License)の13条を改変する形で作られている。13条以外のGPLv3との相違点は前文等が削除されている点やMongoDBといった固有名詞の入れ替えがある他、2条に「subject to section 13」(13条に従って)という文言が二箇所挿入されている。これを踏まえて、SSPLの主眼と言える13条を日本語訳付きでここに示す。
13. Offering the Program as a Service. 13. プログラムをサービスとして提供
If you make the functionality of the Program or a modified version available to third parties as a service, you must make the Service Source Code available via network download to everyone at no charge, under the terms of this License. Making the functionality of the Program or modified version available to third parties as a service includes, without limitation, enabling third parties to interact with the functionality of the Program or modified version remotely through a computer network, offering a service the value of which entirely or primarily derives from the value of the Program or modified version, or offering a service that accomplishes for users the primary purpose of the Program or modified version. あなたが「プログラム」や改変されたバージョンの機能をサービスとして第三者に提供する場合、あなたは「サービス・ソースコード」を本許諾書の条件の下で、誰に対しても無償でネットワーク経由によりダウンロード可能としなければならない。「プログラム」や改変されたバージョンの機能をサービスとして第三者が利用可能にすることには、第三者がコンピュータ・ネットワークを通じて「プログラム」や改変されたバージョンの機能と相互に対話できるようにすること、「プログラム」 や改変されたバージョンの価値から完全にあるいは主として派生するサービスを提供すること、あるいはユーザが「プログラム」や改変されたバージョンの主な目的を達成するようなサービスを提供することが含まれるが、これらに限定されない。
“Service Source Code” means the Corresponding Source for the Program or the modified version, and the Corresponding Source for all programs that you use to make the Program or modified version available as a service, including, without limitation, management software, user interfaces, application program interfaces, automation software, monitoring software, backup software, storage software and hosting software, all such that a user could run an instance of the service using the Service Source Code you make available. 「サービス・ソースコード」とは、「プログラム」や改変されたバージョンの「対応するソース」、及び「プログラム」や改変されたバージョンをサービスとして利用可能にするためにあなたが使用する全てのプログラム(管理ソフトウェア、 ユーザ・インターフェース、アプリケーション・プログラム・インターフェース、自動化ソフトウェア、監視ソフトウェア、バックアップ・ソフトウェア、ストレージ・ソフトウェア、ホスティング・ソフトウェアを含むがこれらに限定されない)の「対応するソース」を意味する。
二つ目は、「OSD 6条:利用する分野(fields of endeavor)に対する差別の禁止」である。この条項はライセンスにおいてある特定の分野での対象ソフトウェアの使用を制限することを禁止するものであり、一見、条文だけを見るとSSPLの13条はそのような制限をかけていないように見える。しかしながら、SSPL 13条が適用された場合、例えばSaaSのようなサービスの場合は関連するソフトウェアを全てSSPLでライセンスした上で公開しなければならない。これは一般的なソフトウェアはSSPLとの互換性がないことから非現実的な要求であり、実質的にクラウドサービス事業者がSSPLライセンスのソフトウェアを使用することを制限していると見做すことができる。SaaSのようなビジネスモデルの否定とも取れるだろう。クラウドサービス上の基盤においては商用ライセンスもしくはオープンソースの様々なソフトウェアが動作しているが、それら全てのソフトウェアをSSPL化することは法的にも倫理的にも不可能だろう。
私一人だけが特定のIRCチャネルでしか使っていなかったガラパゴスであるが、内輪の隠語のようなものにしておけばいいものを当時は若かったのだろうか。2004年6月9日、赤坂プリンスホテルで開催したVA Linux Business Forum 2004にて、私はガラパゴスという言葉を公の場で初めて使用した。
VA Linux Business Forumでの講演ではオープンソース界隈のほぼ内輪からのフィードバックに限られていたが、私個人としてはその反応からはガラパゴスという表現に手応えを感じていたのだろう。ガラパゴスという独自の生態系を連想させる言葉は様々な視点からの問題を包括的に扱うのに都合が良いと思っていたように記憶している。
ここへ次のイベントの機会がやってきた。2004年11月30日にパシフィコ横浜で開催されたOpen Source Way 2004である。Open Source Wayはライセンスや特許等の法的な問題やオープンソースの経済圏、経営との関わり等のトピックを扱うカンファレンスであり、2002年から私と八田真行さんで企画し、プログラムを作成していた。2004年は日本OSS推進フォーラムが設立されて産官連携や日中韓連携といった流れもあり、全体的にオープンソース振興というものが一服感が漂いつつあった頃で全体的には前向きなトピックが多く、私としては何かピリッとくるネタを入れておきたかったのだと思う。
生憎と適当な講演者も見当たらず自分で喋ることに決め、数ヶ月前のVA Linux Business Forumで使ったネタをそのまま拡張し、一つ一つの事例もより掘り下げるように話したように思う。これでオープンソース・ガラパゴス諸島の再演となったわけだが、この模様はITmediaの記事になっているので見聞きしたことのある人も多いだろう。私としてはもう少しマイルドな語りだった気がするのだが、大筋としてはこれで合っているかと思う。今読むとやはりエコシステムとアップストリーム・ファーストで説明できる話しかしてないような気がするので頭が痛いのだが。
表で見えるような論争はまだ意味があるものが多かったが、論争が大きくなるにつれITmediaの記事の露出はどんどん上がり、技術系ではない人々の目に触れるようになった。当時のVA Linux Systems Japan社は既に米VA Linux社の子会社ではなく住友商事の直轄子会社であり、大株主としてNTTデータ、NTTコムウェアが入っていたのだが、講演で事例として出した中にNTTの成果もあり、それをガラパゴスと揶揄したような形となっていたことが問題となった。結局、雲の上の人達の間の腹芸と寝技の応酬で丸く収まったようなのだが、私のほうはこちらの方にしばらく忙殺されることになる。
GoogleやMicrosoftといったビッグテックにOpen Source Program Office (OSPOという略で界隈では通じる)という部署が存在することは日本でも知られているが、現在では多くのグローバルIT企業にも同名の部署が存在する。近年では中国系の企業での設置が目立つが、日本でもサイボウズ、メルカリといった企業には存在するようだ。