何故オープンソースはパブリックドメインを含まないのか?

著作権関連の話題においてパブリックドメイン(Public Domain、公有)という言葉がしばしば出てくる。このパブリックドメインという言葉は特にソフトウェアの業界では根強く誤解されてきた用語であり、現在では少なくなったもののまだ誤用が見られる言葉でもある。

(本稿は「オープンソースとは何か? Open Source Definition逐条解説書」の付録の一つとして収録されている文書である。)

一言で言えば、パブリックドメインとは「知的創作物において知的財産権が発生していない状態」である。ここでの知的創作物とは人が創作した作品のことであるが、その作品において著作権、商標権、特許権、意匠権等が完全に発生していないことを指している。つまり、全ての知的財産権の帰属を考慮する必要なく、無許諾かつ無制限に作品を利用できることになる。ここでの作品には文学、絵画、映像、音楽そしてプログラム等が含まれる。

作品がパブリックドメインとなるには

知的財産権の枠組みにおいて著作権だけは作品を生み出した段階にて自然に発生し、かつベルヌ条約に加盟する全法域においてその権利が相互に保護されるグローバルな権利として定められている。他の知財権と比較すれば非常にお手軽かつ創作後もしくは著作者の死後70年といった非常に長期に渡る保護がなされることも特徴であるが、期間があるということは当然ながらその権利保護期間が終了すれば著作権は消滅する。これが、パブリックドメインになるということである。

権利保護期間の終了以外にそもそも最初に生み出された段階でパブリックドメインとなっている作品も存在し、日本を含めた多くの法域では政府が発する法令や通達等の文書は著作権等が発生しないことが多い。また、特にプログラムの作品においては無条件に著作権が発生するわけでなく、誰が書いても同一になるといったプログラム創作物としての要件を満たせないような作品は著作権が発生せず、パブリックドメインであると言えるだろう。

さらに、著作権を放棄してパブリックドメインとすることも法域によっては可能であり、日本では著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権等)が留保されると解されるという問題は残るものの、著作権の放棄が宣言されることで事実上のパブリックドメインとして扱うこともできる。このようなケースをパブリックドメインへの献呈と呼ぶこともあり、その宣言の手法としては昨今ではクリエイティブ・コモンズのCC0を採用することが増えている。作品をCC0で宣言した場合、放棄可能な著作権等の権利を放棄し、放棄できない権利に対しては無条件かつ永続的な利用許諾を行い、利用許諾が無効な場合は権利行使をしないということを確約することになる。

オープンソースとの違い

パブリックドメインはオープンソースと混同されることがあるが、オープンソースはその定義から「著作権が発生した上でその権利に基づいて利用者に対して自由な利用を許諾するライセンスもしくは許諾された状態」を指す用語である。つまり、著作権が存在するかしないかという根本的な部分で両者は全く異なる概念なのである。

ただ、どちらも対象となる作品を自由に利用できるという点においては同一である。このため広い意味においてパブリックドメインはオープンソースの範疇に入ると見做されることもある。実際、Free Software Foundation(FSF)は、ソースコードが入手できることが前提であるがパブリックドメインのソフトウェアを自由ソフトウェアとして分類している。パブリックドメインにあるソースコードは全てにおいて自由であり、FSFの根本的理念である自由とは矛盾しないため、その考え方は理解できるものである。

しかしながら、特にオープンソースのコンプライアンスに関わる者等からはパブリックドメインにはやや否定的な捉え方がされることが多い。何故なら、パブリックドメインに著作権が存在しないということであれば、元々の権利者が作品に対しての制御を完全に失っているからである。

著作権がないということは事実上その作品はもはや誰のものでもない。つまり、財産権も人格権も存在せず、クレジットというものも一切必要がなくなるということだ。また、複製、翻案、改変も完全に自由である。作品を管理する人間というものは存在しないし、それによって形式としては剽窃に該当する行為も当然ながら横行するようになる。MITライセンスなどの寛容なオープンソース・ライセンスであったとしても剽窃にはある程度の対抗手段があるわけだが、パブリックドメインの場合にはそもそも最初から権利がない。ソフトウェアのオープンソース化する際には作品を改善するフィードバックというものも期待されることが多いわけだが、それようなエコシステムの発生は基本的に起こりにくくなる。また、剽窃者によって新たに著作権を主張され、不自由なソフトウェアとされることもあるだろう。新たな実装で何らかの問題が発生したとしても、元の権利者にはそれに対処する手段は何もないのである。

これらの理由のため、オープンソースを使用していく上でのコンプライアンス観点ではリスクが増え、そのためパブリックドメインをオープンソースとは明確に区別する意見は根強い。

なお、Open Source Initiative(OSI)ではパブリックドメインであるソフトウェアを実務上はオープンソースの範疇として考えられることを概ね認めていると考えられるが、OSIが行っていることはオープンソースの定義に合致するライセンスの審査であり、パブリックドメインは著作権がないことからライセンスが存在し得ないため、パブリックドメイン化するような法的条件の文書等を審査することもしないし、ソフトウェアをパブリックドメイン化するのではなく承認されたオープンソースのライセンスを付与することを推奨している。